東アジアの緊張 — 深まる米国のジレンマ

東京大学法学政治学研究科教授
藤原 帰一

2014/3/24

EPA=時事

集団的自衛権の行使は憲法に違反しないという解釈を日本政府が提起している。米国政府の要請が背後にあると考えるのが普通だろう。集団的自衛権を否定することで日米同盟における日本の軍事協力が狭い範囲にとどめられてきたことに対し、米国政府は繰り返し不満を表明してきたからだ。しかしいま、そんな歓迎や圧力は、少なくとも公式には認めることができない。

なぜだろうか。それを考えるためには、米国政府のアジア政策を振り返る必要がある。

2011年11月、クリントン米国務長官は外交専門誌に寄稿した文章で、イラクとアフガニスタンから兵力撤収を進めるアメリカが進めるべき次の政策とは、アジア太平洋に軸足(ピボット)を動かすことであると指摘した。寄稿の直後から、このアジアへのピボットとはいったい何を意味するのか、議論が沸き立った。

各国による臆測、期待、あるいは懸念が高まるなかで、翌年6月、パネッタ米国防長官は各国の国防担当者を集めたシャングリラ・ダイアローグの壇上で演説を行い、東アジアにおいて平和と安全保障を図るためには国際的なルールと秩序の形成が欠かせない、その規範と制度形成を促すために地域における同盟を強化する必要があると主張した。パネッタの声明は、クリントンの文章に補強を加えたものとして受け止められた。アメリカの対外政策はアジアに軸足を動かしたのである。

その背景は議論するまでもないだろう。テロとの戦いを掲げたブッシュ(子)政権のもとでアメリカがアフガニスタンとイラクという二つの戦場に兵士を送り続けるなかで、経済軍事の両面で中国が台頭し、経済的には連携の必要をますます強めながら軍事的にはアメリカの同盟国や友好国との軋轢を生み出していた。東アジアにおける安定と繁栄を、中東から兵力を撤収したアメリカが次に進めるべき政策課題として掲げることには不思議はない。

問題は、何を手段に、どこまでその課題を追い求めるかにあった。他国の排他的経済水域を侵すような中国政府の領海主張に対して、どのような手段を用いて対抗するのか。TPP(環太平洋経済連携協定)のような、各国政府の政策遵守を強く求める貿易制度を東アジアにおいて実現するためには、どのように各国政府の賛同を確保することができるのか。

「アジアへの軸足」に取り組むアメリカは、ジレンマを抱えていた。対外的影響力の源がその軍事力にあるとはいえ、既にアフガニスタンとイラクという二つの戦闘で多くの犠牲を払った米軍を新たな紛争に派遣することは避けなければならない。抑止は求めても実戦は回避したいという判断が、アジアに向いた軸足の力を弱めてしまう。

そのジレンマを端的に表現するのが、尖閣諸島をめぐる日中両国の緊張である。尖閣諸島の国有化を宣言した日本に対して中国政府と中国社会が極度に強硬な反発を示した2012年9月以後、米国政府は中国への軍事的牽制を強めるのではなく、むしろ日中両国の妥協を模索した。日中間の領土紛争のために米中戦争の危険を冒す意思はないからである。

アメリカ単独で力を行使しないのなら、同盟国の協力を強めるほかはない。だが、慰安婦をめぐる日韓両政府の対立を典型として、それぞれの国内政治に根ざした地域対立をアメリカが打開することは難しい。また、東アジアの緊張を招いた主な原因は中国政府の行動であったが、就任後ほぼ1年慎重な外交に終始した安倍首相は、昨年12月に靖国神社に参拝したために、日本が緊張拡大の引き金となる懸念を招いてしまった。東アジア諸国の対立を前にしたアメリカは、自らの軸足を動かすだけでは打開を見込むことのできない東アジアの緊張を見守るほかにないという状況に追い込まれていった。

集団的自衛権に対して行われたこれまでの批判の基底には、日米同盟のために日本が戦争に巻き込まれるという懸念があった。だが、いま戦争に巻き込まれることを懸念しているのは、日本よりはむしろアメリカのほうだ。安倍政権の集団的自衛権容認方針を前に慎重な立場に終始するアメリカの背後には、地域各国を操作する力の乏しいアメリカという現実がある。

私は、国際社会の一員として日本政府が必要な武力行使に当たることが必要な状況は存在すると考える。だが、いま求められるのは、アメリカが軍事介入を行う意思の乏しいなかで東アジアの安定を実現することであり、歴史問題に関する日本の孤立の解消や日韓関係の打開である。戦わないアメリカのもとにおける安定の模索が、集団的自衛権の容認よりもはるかに切迫した課題であると私は考える。

この文章は朝日新聞夕刊の『時事小言』に
2014年3月18日に掲載されたものです。