東京大学伊藤国際学術研究センター会議

開催報告 科学技術リスクガバナンスに関する国際シンポジウム

2014/1/24

AFP=時事

概要
【日時】 2013年12月17日(火)9:20-12:00
【場所】 東京大学本郷キャンパス 山上会館2階 大会議室
【主催】 東京大学政策ビジョン研究センター(PARI)
【共催】 東京大学サステナビリティ学連携研究機構(IR3S)
東京大学科学技術イノベーション政策の科学(STIG)教育・研究ユニット
日本学術振興会「東日本大震災学術調査」科学技術と政治・行政班
当日プログラム

1. 背景および目的

グローバルに相互連結、相互依存する社会において、科学技術はますます重要な役割を担っている。このような状況下、多様な側面をもつシステミックリスクが、相互連結性や社会的ネットワーキングの増大や旧走狗な科学技術の進展によって社会、政治、経済の分野が現れている。社会が科学技術の進展に伴うネガティブな影響を最小化しつつ、便益を獲得していくには、学際的な専門能力、すべての階層の人々の参加と恊働に基づいたリスクガバナンスを追求していくことが求められます。

本シンポジウムの目的は、1)より良いリスクガバナンスのあり方を考えるにあたり、異なる技術および地域でどのような共通性と差異があるのかを深く理解すること、技術や地域に特有の問題、共通的な問題を同定すること、そしてベストプラクティスを探索すること、2)世界から多様な学問分野の若手の研究者の参加を得てネットワーキングの機会を提供すること、である。

本シンポジウムは、12月15-16日の2日間にわたる世界の若手研究者によるクローズド・ワークショップと、12月17日のリスクガバナンス研究の著名な専門家の招待講演とパネルセッションから成る半日の公開シンポジウムから構成された。

2. ワークショップの概要

12月15-16日、山上会館および伊藤国際学術研究センター特別会議室において、米国、フランス、ドイツ、中国、韓国、シンガポール、日本の若手研究者を中心に38名が集い、食品関連、原子力、気候工学に関するセッション、総括セッションをシリーズで開催した。

2-1 食品セッション

オーガナイザー:東京大学 松尾真紀子

食品セッションは、異なる国と地域(具体的には、欧州、米国、中国、日本)の食品安全分野における事例から、リスクガバナンスのあり方、共通に抱える課題・問題点や差異についての検討を行うことを目的として企画した。

本セッションでは、以下の発表者とコメンテーターの発表を踏まえたうえで議論を行った。欧州からは、アルベルト・アルマンノ氏(HEC Paris(経営大学院)法学教授)による「欧州における食品のリスクガバナンス−ナノテク応用食品とクローン動物の事例」、米国からジェニファー・クズマ氏(ノースカロライナ州立大学教授)による「新規技術に関する米国の食品監視体制」、中国から高秦氏(中央財経大学法学院教授)「中国における食品安全規制の策定とリスクガバナンス」、日本から松尾真紀子(東京大学政策ビジョン研究センター特任研究員)による「日本の食品安全ガバナンス−食品中の放射性物質のリスクからの教訓と含意」、そして詹承豫氏(中国政法大学教授)によるコメントである。

以上の発表とコメントから、以下の3つの観点において課題が浮き彫りとなった。第1に、ガバナンスに関しては、以下のポイントが指摘された。①制度的な縦割り・分断性(fragmentation)の問題:これはどの国においても見られた。特に新興技術においてはそのリスクを取り扱う体制が構築されていないためである。そこでは省庁間の対立や規制ギャップが生じる。ただし、分断性は柔軟な対応を可能とするので利点もある。重要なのは分断性による弊害を乗り越えるための対応を考えることである。②ガバナンスのアプローチの検討の必要性:リスクのタイプに応じて、予測的(anticipatory)ガバナンス、順応的(adaptive)ガバナンス、内省的(reflexive)ガバナンスのあり方を考えることが必要である。欧米では、技術の発展に応じたより上流での対応(upstream engagement)の取り組みがなされているという指摘があった。③ガバナンスレベルや調整機能の検討の必要性:上記の問題への対応はメタレベルの観点から調整機能を持つことが重要であり、ガバナンスがきちんと機能しているか確認するためのクライテリアの試みが有効と考えられた。

第2に、規制アプローチに関しては、以下の考慮事項が指摘された。①リスク規制のアプローチ:リスクへの対応として、新たな規制枠組みが必要か、既存の枠組みでの対応が可能か。これは特に欧米間の比較から明らかとなった(欧州はGMにみられるように新たな規制に対して特別な規制を設けることで対応してきたが米国は既存の枠組みで対応してきた。ただし、昨今の欧州におけるナノやクローン動物に対する対応は従来のアプローチから変化しているとの指摘もあった)、②リスク規制の運用に対する違い:厳格・柔軟、義務・自主性に任せる等どのようにリスク規制を運用するのか、また、規制の狭間に落ちるような問題(規制ギャップ)への対処をどうするか、といった課題も指摘された。

第3に、科学と意思決定の関係性については以下の議論があった。①科学の多様性:科学といってもディシプリンによって多様であり、異なる科学と科学が呈された際にどのように対応するかが課題であるとの議論がなされた。②意思決定におけるエビデンスを構築するものと判断のあり方:意思決定における科学的考慮事項(安全性)とそれ以外の経済・社会・倫理等の考慮事項(特に新興技術のリスクの場合はイノベーション)をどのようにバランスさせるのかという課題と、そうした判断材料を構築するガバナンスのあり方(リスク評価機関と管理機関の関係性等)についての議論がなされた。

今後こうした課題についての国家間比較の更なる展開により、食品安全分野におけるリスクガバナンスの課題や教訓の共有をさらに進めていくべきとの認識が連携された。本セッションはそうした国際連携を展開するためのネットワーク構築という意味でも非常に重要な成果が得られた。

2-2 原子力セッション

オーガナイザー:東京電機大学 寿楽浩太

原子力セッションは、米・欧・韓・日における原子力リスクガバナンスの問題点を、いわゆる科学技術社会論(STS)の分野の学際性を生かして様々な角度から描出することを狙った。

これまでの原子力リスクガバナンスにどのような問題があるかという現状把握に加えて、なぜリスクが見逃されたり、関係主体が対処を誤ったり先送りにしたりするのか、また、いったん事故等が発生した後も、適切な対処が十分にできない状況が再生産され続け、リスクガバナンスの質がなかなか上がっていかないのか、といった、リスクガバナンスの問題点が温存され、失敗からの社会的学習の不徹底が継続する根本原因に切り込む視座を得ることが本セッション全体の課題であった。

本セッションでは、以下の発表者とコメンテーターの発表を踏まえたうえで議論を行った。米国からは、スコット・G・ノールズ氏(ドレクセル大学准教授)による「フクシマ:米国からの視座—学ばれた(そして学ばれなかった)リスクガバナンスへの教訓」、同じくソーニャ・D・シュミット氏(ヴァージニア工科大学助教)による「原子力リスクをガバナンスする:標準化と即興性の相互作用」、韓国から全致亨氏(韓国科学技術院(KAIST)助教)による「好機としてのフクシマ:福島事故後の韓国における原子力工学専攻学生の勧誘」、日本から菅原慎悦氏(電力中央研究所社会経済研究所研究員)による「日本の原子力利用におけるリスクガバナンスの欠陥:福島事故前・事故対処中・事故後の検討」、そしてシンガポールからスルフィカー・アミール氏(ナンヤン工科大学助教)によるコメントである。

以上の発表とコメントを踏まえた議論において認識された重要な点は以下の通りだと思われる。

  • 福島事故を契機に指摘されている日本の原子力リスクガバナンスの欠陥の多くは非定型な、新奇なものでは必ずしもない。
  • また、原子力リスクの性質や、そのガバナンスが抱えがちな問題に切り込む社会科学的な道具立て(方法論、概念、枠組み)はそれなりに用意されている(「ノーマル・アクシデント」「高信頼性組織論」「逸脱の常態化」等)。
  • そして、過去の(他国での)原子力事故の際にも、こうした分析や対処の呼びかけなどはなされている。
  • しかし、失敗からの社会的学習の不徹底は繰り返されている。日本でもそうであったし、福島事故後の米国や韓国、欧州においてもそういった兆候が伺える。
  • 事故から得られる教訓の専門的な咀嚼とリスクガバナンスの制度設計や規制行為との間にはギャップが生じる。例えば、前者においては専門知に基づく個別的な判断や対応が重要だが、後者は標準化・定型化を志向する。

本セッションで指摘されたこうした根本的な問題に取り組まない限りは原子力リスクガバナンスにおける欠陥の根本的な改善や解決は難しいと考えられる。こうした問題に取り組むためにはリスク、専門知、組織などについての社会科学的な知を積極的に参照し、従来以上に学際的なリスクガバナンス研究を深める必要があると思われるが、本セッションは原子力に関係するSTS研究に携わってきた各国の若手研究者が他のリスク分野の研究者、政治学や行政学、法学等を母分野とするリスクガバナンス研究者との学術的な交流を深める非常によい契機となった。

2-3 気候工学セッション

オーガナイザー:電力中央研究所 杉山昌広

気候工学(ジオエンジニアリング)のセッションでは、最初にオーガナイザーの杉山昌広が現状について説明した後、4人の海外招聘者および1人の国内参加者が発表した。

気候工学とは人工的に地球に介入して地球全体の気候を変えることで温暖化対策とするものである。科学の進歩によって地球温暖化問題のリスクの認識は深まる一方で、国際的に有意義な温暖化対策は打ち出されていない。一部の科学者は劇薬ともいえる気候工学についても研究を進めるべきだと主張し始めている。最も関心を集めているのが成層圏エアロゾル注入であり、効果と副作用は大規模火山噴火後の気候の変化が示している。成層圏に硫酸エアロゾル(微粒子)ができ、これによって地球の気候が冷却される一方、オゾン層が破壊されたり降水の地域分布が変化したりする。

気候工学は食品や原子力に比べて技術が実用化されておらず、研究開発の上流段階にある。こうした段階から市民やステークホルダーの声を反映し研究開発を進めていく事が望ましい。しかし、実際の研究ガバナンスの進め方となると意見は様々である。コンピューター・シミュレーションは始まったが自然環境での実験となると、どのような条件で進めていいかは意見が割れている。議論は欧米の専門家主導であり、英国等では市民対話が始まっているがまだ十分とはいえない。また国際的な努力は行われているが、中国、インドなどの新興国や途上国も議論に十分関わっていない。

アンディ・パーカー(米国ハーバード大学)は、自然環境での実験について起きているディベートについて論じた。自然環境での実験といっても一様ではなく、エアロゾル注入システムの実証試験からオゾン層破壊の副作用の解明など様々である。また最初の実験はほぼ環境影響が無視できる規模であり、問題は社会的課題である。今後、国際的ガバナンスを待って実験を始めるべきという意見に対し、全ての研究を捉えることができないため不可能であり、またそのための国際枠組みも不明確である。更に今後の研究者に秘密裏に研究を進めるインセンティブを与えるなど、効果的ではないと批判した。

ステファン・シェーファー(ドイツIASS)はこれに反論し、自然環境での実験の前には国際的ガバナンスの枠組みが必要不可欠であると論じた。ガバナンスには経路依存性があり、長期的に気候工学について協力体制を作っていくためには、最初の第一歩である小規模自然科学実験の前に研究者コミュニティが社会から信頼を得ることが重要であると述べた。文献では気候工学は国際紛争の原因になると言われるが、気候モデルの予測は地域レベルでは不確実性が非常に大きく、主権国家が自国への便益を判断するのは至極難しいとして、国家間同士での紛争の可能性は低いと述べた。

ニゲール・モーア(ドイツIASS)は自然環境での実験といった研究プロジェクトを登録するインターネット上のデータベース(登記簿, registry)の概念を提示した。過去に発表された気候工学に関する様々な報告書は研究の透明性の確保について強調してきたが、どれも抽象的な意見に過ぎなかった。誰もが簡単に情報を入手できるデータベースは、透明性を高めるための重要な手段になりうる。特に参考になる事例としては医薬品・医療機器の治験がある。論文として報告される治験が成功事例に偏っていた問題等があったため、包括的なデータベースを作る動きが欧米で起きた。反対意見や資金不足の問題を克服し、現在では包括的なものができている。気候工学に関するデータベースは現在試行的に作成中である。

朝山慎一郎(東北大学)は、温暖化対策技術である原子力、二酸化炭素回収貯留(CCS)、気候工学の3つを比べ、特にCCSに関する市民対話について批判的にレビューし、気候工学への含意を探った。CCSは以前から着目されており様々な市民対話が行われているものの、殆どの市民はCCSが何であるかを知らず、情報の提示の仕方次第でアンケート調査の結果が如何様にも変わる。同様なフレームの重要性は最近の研究でも気候工学について指摘されている。欠如モデルの再発明のような一方的な情報発信ではなく、民主的な対話が重要だと述べた。

カイ・スン(中国海洋大学)は中国の気候工学の現状について概要を述べた。気候工学の関心は低く情報は欧米の情報の中国への翻訳記事に限られていたが、最近は徐々に研究が高まっている。中国にはもともと米国の研究者と長年協力し気候工学について論文を発表している自然科学者もいる。最近では中国社会科学院など社会科学でも研究の動きが見え、第12次五カ年計画でも気候工学についての理論的研究を重視するとの一文もあった。関心は高まりつつあるのも事実だが、最近の欧米の研究者の指摘にもあるように、当面は中国の単独行動などは考えにくい。

発表の後の質疑応答・議論も活発であった。本セッションから示唆される点は、いくつかある。

重要な点の一つは、どのような場で意見の衝突が起こるかであろう。ステファン・シェーファーによれば国家間での紛争は考えにくく、起きるのであれば社会でのグループ間である。そうであれば、朝山慎一郎が指摘するように民主的に市民やステークホルダーとの対話を行うことが重要である。

こうした対話の際に現れる、経済や工学的以外の視点は非常に重要であり、気候工学といった新しい科学技術のリスクについても十分に把握する必要がある。一方で、便益についてもきちんと把握して議論すべきである。往々にして便益を計算する経済学は、専門家の議論で強すぎる立場にあるが、逆に無視するのも合理的な議論ではないであろう。

特に工学的な不確実性は重要な点である。CCSも気候工学も基本的には温暖化対策としての価値しかなく、他の温暖化対策技術と比較する専門的視点は、今後も必須であろう。

2-4 総括セッション

オーガナイザー:産業技術総合研究所 岸本充生

食品、原子力、気候工学の3セッションのオーガナイザーから概要がそれぞれ発表され、リスクガバナンスの観点からの比較を行った。科学技術の観点からは、食品セッションで取り上げられたナノフード、遺伝子組み換えサケ、クローン動物などは「新興リスク」であり、日本で問題となった食品中放射性物質についてはほとんどの人にとっては「新興リスク」であるという側面と、放射線自体は新しいものではないという意味で「再興リスク」であるという側面がある。原子力セッションで取り上げた、福島第一原子力発電所事故は、スリーマイルアイランド事故とチェルノブイリ事故に続くという観点からは「再興リスク」と言えるだろう。気候工学セッションで取り上げた太陽放射管理は、その潜在的なリスクについては不確実性が大きくまさに「新興リスク」の代表的なものと言えるだろう。また、科学技術としてのステージとして見た場合、それぞれのセッションととりあげた対象は、食品は「製品」、原子力は「産業」、気候工学は「研究」であった。そして、リスクガバナンスという切り口でそれぞれを見ると課題の所在は、気候工学はガバナンスの欠如、食品はガバナンスの機能障害、原子力はガバナンスの失敗にあると言える。また、それぞれの処方箋は、気候工学については新たな国際的なガバナンス枠組みを構築する必要があり、食品については既存のガバナンス枠組みを調整する必要があり、原子力については既存のガバナンス枠組みを再構築する必要があると整理した。新規技術のイノベーションを促進しながらも、それらが潜在的に持つリスクをできるだけ小さくしていくためには、行き当たりばったりの対応ではなく、ガバナンスという視点で考えることの重要性が改めて確認された。

3.公開シンポジウムの概要

オーガナイザー:東京大学 谷口武俊

12月17日の公開シンポジウム(山上会館)では、科学技術のリスクを如何にガバナンスするか、その基本的な考え方、アプローチ、学際的な課題について、Renn教授(シュッツガルト大学)およびXue教授(清華大学)の招待講演を計画したが、Renn教授が来日直前に米国で病気となり来日不可能となったため、ビデオによる講演となった。シンポジウム参加者数は100名を超えた。

公開シンポジウムにおける講演者の発表資料は下記に掲載している。
http://pari.u-tokyo.ac.jp/event/smp131217.html
http://pari.u-tokyo.ac.jp/eng/event/smp131217_info.html

3-1. 基調講演1

Renn教授のビデオ講演は「Risk Governance, Precaution, and Policy Making」と題し、EUにおけるリスク規制の土台をなしているPrecautionary Principle(予防原則あるいは事前警戒原則)に焦点を当て講演された。まず、PPの一般的な定義に言及され、PPに対して投げかけられる問い(恣意性の問題、規制の予測可能性の問題、権限の及ぶ範囲、科学の役割、法的規定の役割、主観的解釈の役割など)を挙げ、2000年のECコミュニケについて紹介し、PPは健全な科学の代替にはなりえない、むしろ科学を豊かにするもので科学的な根拠は重要なものと論じた。また、PP概念は概ね四つの異なる考え方、1)ドイツ・オリジナル版:規制当局に裁量権を与え、残留リスクが大きい場合には規制介入する。不確実性への対処とは関係ない。2)評価ベース:科学的(統計的)に信頼区間を設定し保守的に評価する。3)管理ベース:無知の存在を踏まえて安全裕度をとる。決定の可逆性を確保する。4)曖昧性ベース:様々な意見により社会的対立がある故リスクを削減する。EUは上記3)管理ベースを採用。不可逆性の回避を第一とし、更なる研究への投資、リスクの封じ込め、厳格なモニタリング(トレサービリティ確保)を実施。課題は強い社会的、経済的な利益・関心との相克。PPの適用については欧州の化学物質規制であるREACHについての例を紹介、またIRGCにおけるリスクガバナンスの枠組みを紹介したうえで、Pre-assessment, Risk appraisal, Risk characterization, Judgment, Risk management, Risk communicationの各段階においてPPがどのように組み入れられるかについて論じた。

まとめとしては、PPはファジーな概念であるが、リスク専門家の間ではリスク評価においてPPは賢明であるとの合意はあること、リスク管理におけるPPの扱いについては合意はないこと、最も論争の多い課題は恣意的な規制の回避と科学的エビデンスの放棄であるとした。

Renn教授のビデオ講演に引き続き、本来講演する予定であった「Risk Governance: Coping with complex, uncertain and ambiguous risks」のスライドを用い、そのエッセンスについて谷口教授が解説した。リスク評価やリスク管理で直面する難題が、複雑性、不確実性そして曖昧性の存在である。これらはハザードあるいはリスク自身の固有の特徴ではなく、ハザードおよびリスクについての利用可能な知識の状況と質に関連する。特に、リスクガバナンスを考えるにあたって、曖昧性(解釈的そして規範的)という難題を理解しなければならない。いずれにしても、ほとんどのリスクは、複雑性、不確実性そして曖昧性のミックスの程度で特徴付けられ、それに応じてリスク管理もその基本的な戦略は異なってくる。複雑性は高いが不確実性や曖昧性があまり高くない場合はリスクインフォームド管理へ、不確実性が高いあるいは無知な事が多く、悪影響が起こるのは尤もらしいといった場合は予防的でレジリエンスベースド管理により不可逆な影響を回避することを目標にする。そして曖昧性が高い場合には、ディスコースベースド管理により社会的に受容可能なパスを創るため、合意あるいは受忍レベルを探索する。

3-2. 基調講演2

Xue教授の基調講演「International Collaboration for Better Governance of Science and Technology」では、まず科学技術のグローバル化について、研究論文の共同執筆や共同研究の活発化や多国籍企業の研究開発や国際共同研究開発などデータに基づき論じるとともに、ガバナンスに関連して知的財産保護や研究倫理・行動規範、オープンアクセス(インセンティブシステムへの影響など)、ビッグデータ(セキュリティとプライバシーの問題)について概観した。続いて、科学技術コミュニティが抱えている問題として、知識創造についてはグローバルにみた保健分野におけるトップ5グランドチャレンジを紹介し、すばらしいとの認識を示したが、知識の普及・利用に関しては注目度が足りなくて残念であるとして、データを基に技術の潜在力は極めて大きいが技術の利用や知識のギャップは国によって大きいと指摘した。技術や知識の負の影響の防止・緩和に関しては、研究段階でのリスクガバナンス(気候工学など)、技術実証・利用段階でのリスクガバナンス(CCS, GMF)について言及。

上記の問題解決における課題、特にガバナンスの失敗に関連して、知識ギャップ(情報の非対称性に起因、専門家間でみられる価値判断の入った科学的判断、専門家と素人の間の信頼)、規範ギャップ(各国で異なる)、制度ギャップ(国際的機関がない、あっても新たな課題には機能しない)、執行ギャップ(多くは自主的取組みであり強制力はない)を論じた。そのうえで、既存のガバナンス機関(IMF, WTO, WB)の改革、新たなガバナンスメカニズムの創設(G20、国際科学基金)、セクター/地域横断ネットワーク(IRGC, UNSDSN)、学際共同研究、といったグローバルな取組みの重要性を指摘。具体例として、Xue教授が関わっているIRGC(国際リスクガバナンス協議会)およびUNSDSN(国連事務総長の要請で設立された持続的発展ソルーションネットワーク)の活動について紹介した。

まとめとしては、ネットワークスのネットワークを構築すること、科学技術の議論がリスクに偏っているがベネフィットの議論も重要であり必要であること、技術の普及を促進すること、などを強調した。

3-3. パネルセッション

パネルセッションでは、公開シンポジウムに先立ち二日間にわたり行われた若手研究者のワークショップでの議論を紹介し、科学技術リスクのより良いガバナンスに向け横断的な課題について意見を開陳した。

まず岸本客員教授から、食品、原子力そして気候工学のリスクガバナンスに関する2日間にわたる議論の概要について報告が行われた。報告では、各科学技術のステージで整理しリスクガバナンスの現状が紹介された。具体的には、気候工学(太陽放射管理SRM)は研究段階(机上でのシミュレーション、小規模での野外実験構想)で未だガバナンスが欠如/不在、新規食品(ナノフード、GMサーモン、クローン動物)は製品段階でガバナンスは機能障害の状態、原子力(発電所苛酷事故)は産業段階でガバナンスは失敗/破綻の状態であり、今、規制や監督・監視を超えてリスクガバナンスについて真剣に検討する必要があると指摘。そのうえで、ワークショップでは、ガバナンスの構造やアプローチやレベルそして原則、市民参加の位置づけ、専門家とは誰か、リスク以外(社会経済など)の要素、イノベーション促進とのバランス、ガバナンスの良さの評価クライテリアなどの議論が行われたことを報告した。

続いて、Kuzma教授(ノースカロライナ州立大)が岸本客員教授の報告への追加的コメントとして、新興技術のリスクガバナンスに関しては幅広い問いが投げかけられており、様々な価値観や世界観が存在することを踏まえて考える、意見に差異があることを認め合うことが必要であり、また科学、リスク評価およびリスク管理プロセスにおけるブラックボックスをオープンにするR.Pilkeがいうhonest brokerアプローチ、正直ベースのアプローチが重要と指摘した。具体的にはリスク評価には価値判断が入ることを用量−反応関係を例に述べたうえで、リスクゼロはなく、リスク評価で安全は決められず、常に複雑性、不確実性、曖昧性が存在する故、新たなコミュニケーション戦略が必要であり、決定の根拠・判断基準を明確にする正直ベースのアプローチが必要と強調。科学ベースと価値ベースの中庸を探索するためには批判的リアリズムと強力な客観性をもち、多様な視点を大切にし、分析と熟議から成るリスク評価が必要と指摘した。リスク世界は線形ではなく、システム思考が大切で、メンタルマッピングが役立つことをアグリフード・ナノテクを例に紹介した。また、理想的な国際的なガバナンスの枠組みに関するビジョンを伝えることが大切だと主張。それが最初は非現実的であっても、それを現実主義者に伝え、そのバリアや代替案を尋ねることを通して枠組みを形成してくことを、動的な監視のビジョンを例に述べた。そして、技術開発同様、技術の社会的インプリケーションに関する研究への国際的なファンディング・メカニズムを作ること、将来を見通すこと(ホライゾン・スキャニングなど)、歴史から学ぶこと、people-ocracy(人間中心主義)で考えることが重要とした。最後に、今回のワークショップは極めて意義があり、継続することが重要で、次回は実務家を入れたものになることを期待すると述べた。

Alemanno教授は、Renn教授のビデオ講演で取り上げられたPPについて追加的コメントが行った。福島事故後、PPにより貿易規制がかかった例があったとし、途中で中断してよかったが不要に長く規制が継続した問題、英国における着色剤の表示規制の例、アイスランドの噴火により欧州の空域規制で見られた問題などを紹介。PPを巡ってはCBA原則の適用に関する欧米の対立がよく言及されるが、PPを取り巻く現実はより複雑であると指摘。現実には欧米ともケースに応じてPPを適用しており、二律背反というがイノベーションも重要であり、ホーゲル教授のいう欧米の考え方のハイブリッド化に収斂していくのではないかと述べた。いずれにしてもPPはなくならず、高度な事前注意が必要でありコミュニケーションが重要で、乱用を避けうまく対処していかねばならない。どういう状況でPPを発動するかを法的には決められず、科学をベースに考えていかねばならない。故により透明性をもって科学政策を打ち立てること、何が政治的に決めたことかを明確にすることが重要、そしてビジネスモデルにPPを組み入れていくことは持続的発展には大切であるとした。

Xue教授は、科学者は何を知っているかについては過大評価し、未知のことは見逃してしまう可能性があると述べ、科学コミュニティでよりコミュニケーションが重要であること、経済以外の価値も重視しなければならないこと、ソーシャルメディアもありコミュニケーションをより重視すべきことを指摘した。そして、市民の思考が政策決定に大きく影響するのだから、複雑性・不確実性・曖昧性について公衆とのコミュニケーションが大きな課題であるとした。

4. 所感

企画提案が採択されてから約1年後の開催となった本シンポジウムは、当初の目的を十分に達成したと考えている。欧米アジアからの異なるディスプリンを持つ若手研究者が科学技術の開発利用に伴うリスクのガバナンスのあり方について様々な角度から議論し、技術や地域によるガバナンス上の問題点の差異、そして共通事項について理解が進んだと思っている。また、参加者からも企画意図についての賛同とともに継続的に議論の場をもち拡大していくことへの期待が表明されたことは企画提案者として意を強くしたが、今後の展開を学内外関係者と考えていく必要性を感じているところである。

最後に、本シンポジウムの機会を与えていただいた東京大学IIRC会議に感謝の意を表します。