短期の成果求める政権 − 安倍外交、二つの顔

東京大学法学政治学研究科教授
藤原 帰一

2014/11/19

AFP=時事

年末が近づくなか、総選挙に向かって政局が動いている。ではこの選挙で何が問われているのか。そこがどうも、よくわからない。

消費税引き上げ見送りを国民に問うのだという解釈がある。消費税増税を3党で合意した以上、先送りには国民に信を問う必要があるという議論だ。だが、3党合意は増税時期を時の政権に委ねており、もちろん政府は消費税増税の計画は変えていないことはいうまでもない。増税の可否ならともかく、いずれは実施する増税の先延ばしを国民に問う必要があるだろうか。

もっと直截に、安倍政権への支持が高く、野党の選挙準備が整っていない時を狙って選挙に踏み切ったのだという解釈もある。大義名分を横に置けばあられもないほどあからさまな説明だが、それはほんとうに与党に有利な選択だろうか。前回選挙で大勝しただけに、いま選挙に踏み切っても自民党が議席を減らす公算が高い。むしろ、次の参議院選挙を待ってダブル選挙に持ち込めば、衆参両院で多数を確保し、その後少なくとも3年間はねじれ国会の可能性も封じることができるのだから、よほど与党に有利なのではないか。

先日の内閣改造でも、改造しない方が有利ではないかと私には思われた。何度か当選すれば大臣の座を期待できるという従来の慣行が果たして必要か。勝てるときに選挙に踏みきり、閣僚人事によって指導力を確保するのが日本政界の常識といえばそれまでだが、安倍政権はもっと大胆に踏み込むことができる局面において奇妙に伝統的な判断に従っているように思われる。

では、外交政策はどうか。外交政策が有権者を左右することは少ないだろうが、この機会に安倍外交の特徴を整理してみよう。

安倍晋三首相は実に多くの海外訪問を行い、自ら演説を行っている。そしてロンドン、ダボスの世界経済フォーラム、あるいはキャンベラでオーストラリア議会を前に行った演説など、どれもよく整理された内容であり、軍国主義の復活など相手が懸念する問題についてその疑いを払拭する言葉も選んでいる。首相のスピーチを聞いて、この首相は違う、これまでの日本とは違うと思ったという言葉を何人かの方々から伺った。アルジェリアで発生したテロ事件のために演説の機会を失ったことが惜しまれるジャカルタでのスピーチも、日本のアジア政策の表明として福田ドクトリン以来の体系的な表現となっていた。

安倍首相のスピーチに表れた日本は、長年続いた経済的停滞を脱却し、経済成長と政治の安定を実現しつつ、欧米諸国と共通する国際社会の規範に沿って行動する日本であり、軍事力の行使も国際社会との協調のなかで語られている。

国際協調のなかで外交が語られるとき、集団的自衛権に対する国内の反対は、日本の国外から見れば、国際社会の要請から離れた孤立主義のように映るだろう。経済の復活と政治の安定に支えられた安倍政権による対外イメージの構築は成功を収めたといってよい。

だが、これとは別の安倍政権もあるようだ。昨年末の靖国神社参拝は、中韓両国ばかりでなく欧米諸国に持たれているこの政権への不信や偏見を裏書きする結果となり、安倍政権の対外的イメージを大きく損なった。日韓関係の緊張は李明博(イミョンバク)前大統領の竹島上陸以来引き続く韓国政府の強硬姿勢に原因を求めるべきだろうが、その緊張を打開する展望は見えない。

さらに、北朝鮮政策とロシア政策にも疑問が残る。拉致被害者の帰国を求めて北朝鮮との交渉を重ね、北朝鮮から譲歩が得られないことが明らかとなった後でも交渉を重ねてしまう。北方四島の返還を求めてロシアとの協議を期待し、ウクライナ危機以後のロシア政府の行動が欧米諸国から強く反発されるなかでもプーチン大統領の日本訪問実現に向けたアプローチをあきらめない。展望が見えないのに強気の対応を続けるのである。

ここに見えるのは、一連の演説に窺うことのできる構想力とは逆に、状況の如何に関わらず安倍政権の外交成果を確保しようと直進する姿勢である。率直に言えば、現在の北朝鮮、あるいはロシアとの交渉を行うことで日本に有利な成果を得ることが期待できるのか、ごく疑わしい。そのような、失敗する公算の高い課題について短期のうちに成果を求めようとアクセルを踏み続ける意味が、私には理解できない。

長距離走で成果を期待されながら、短距離走で躓いてしまう。この特徴は外交ばかりでなく、政権の失速を恐れて選挙に踏み切る内政にも共通しているようだ。それでは政権安定も期待できないし、日本政府がようやく各国から得た政治的信頼をつなぎ留めることもできないだろう。

この文章は朝日新聞夕刊の『時事小言』に 2014年11月18日に掲載されたものです。