シリア問題 − 逆操作される「介入」

東京大学政策ビジョン研究センター副センター長/法学政治学研究科教授
藤原 帰一

2015/10/21

藤原帰一

Photo: Izawa Hiroyuki

シリア内戦が国際紛争に拡大した。2014年9月から米国はイラクとシリアへの空爆を繰り返してきたが、それから1年経ってロシアがシリア空爆に踏み切った。この情勢をどのように捉えればよいだろうか。

米国の介入はイラクからシリアにかけて勢力を拡大する過激派組織「イスラム国」(IS)が対象であり、シリア南ログイン前の続き部に勢力を保つアサド政権との協力は行っていない。アサド政権が権力を保持するために一般国民を殺戮した当事者である以上は当然であるが、他方ロシアの介入はアサド政権の支援を目的とし、武力行使の対象もアサド政権と戦う勢力全てであってISだけではない。その結果、米国の支援する反アサド勢力がアサド政権とロシアの攻撃を受けるという事態も発生した。

この情勢を新たな冷戦とする分析も行われている。すでにロシアによるクリミア併合とウクライナ東部への介入のために米国・EUとロシアとの関係は著しく緊張しているが、その対立がシリアに波及したからである。ロシアがシリアに軍港を保持し、これまでアサド政権と密接な関係を保ってきたことが介入の背景にあるだけに、シリア情勢の背景として米ロの対立は無視できない。だが、米ロの思惑がシリア情勢を左右していると言うことはできない。米ロだけでは左右できない地域的な要因がシリア情勢を動かしているからだ。

米国がイラクとシリアに介入するうえで緊密な協力を保ってきたのがクルド勢力である。すでにイラク北部に自治政府を保持するクルド勢力はイラク領内におけるIS掃討作戦において相当の成果を上げ、シリア北東部においてもISの勢力拡大を阻んでいる。地上軍を派遣しない米国はクルド勢力の活動に頼らざるを得ない構図である。

だが、米国の頼るもう一つの存在であるトルコはクルド勢力との対決姿勢を強めている。トルコにおけるクルド急進派との対立には長い歴史があるが、今年6月に行われた選挙ではクルド系政党の人民民主主義党(HDP)が初めて得票率が10%を超えたため議席を確保した。多数派確保に失敗したエルドアン政権はクルド急進派の非合法武装組織「クルディスタン労働者党」(PKK)との和平プロセスを放棄して紛争が再発してしまった。頼みとするクルド勢力とトルコが互いに戦っているのだから米国の思惑通りにISと戦うことは期待できない。

米国と異なり、アサド政権の地上軍と呼応して空爆を行うことのできるロシアは軍事的に有利に見える。だが、そのアサド政権を支援するイランはロシアとの連携が弱く、さらにロシアが支援したところでアサド政権の安定を実現することは期待できない。難民の多くがアサド政権の暴力を恐れて国外に逃れた以上アサド政権への支援には人道上の問題があるが、その点を横に置いたとしても、アサド政権のもとでシリアが統一を回復する可能性はごく乏しいといわなければならない。

東西冷戦の時代、アメリカとソ連は、各地の政治勢力を手ゴマのように操作して自国に有利な地政学的情勢を求めて介入を繰り返した。南ベトナムのゴ・ジン・ジェム政権やアフガニスタンのカルマル政権を見ればわかるように、既に冷戦期においても現地の勢力が米ソの戦略を左右する、いわば逆操作というべき状況は存在した。今回のシリア情勢では、逆操作は例外ではなく、むしろ問題の本質になっている。アサド政権のように延命を図る独裁体制や、イランやISのようにスンニ・シーアの宗派対立から紛争に従事する諸勢力によって、米ロ両国の介入が左右されてしまうからだ。

その結果として生まれるのが紛争の長期化である。シリア北部ではトルコとクルドの紛争によってクルドに頼るISへの対抗が遅れ、ロシアの支援によってアサド政権が南部地域の支配は保ったとしてもそこからの勢力拡大はできない。この手詰まりのなかでシリアから難民流出が続き、トルコとヨルダンに巨大な負担を与え、EU諸国は難民受け入れに苦慮することになる。

ではどうすべきか。まず必要なのはヨルダンとトルコの難民キャンプへの支援だが、それに加え、シリアに安定した権力が必要となる。実効支配を行う政府の不在、破綻国家状況がシリア危機の根底にあるからだ。

米オバマ政権はアサド大統領の退陣を求めつつ、アサド退陣後のシリア政府については協力する可能性を示した。これはイラク戦争の後、バース党と軍を一気に排除した判断よりも現実的な選択であるが、各国が賛成する情勢ではない。この選択をシリア周辺諸国とロシアが受け入れるまで、意味のない戦争が続いてしまう。それが現在におけるシリア内戦の展望である。

この文章は朝日新聞夕刊の『時事小言』に 2015年10月20日に掲載されたものです。