オバマ政権の夢のあと − 分断と対立、拡大の皮肉

東京大学政策ビジョン研究センター副センター長/法学政治学研究科教授
藤原 帰一

2015/12/16

藤原帰一

Photo: Izawa Hiroyuki

アメリカのオバマ大統領が就任してから7年、政権当初に寄せられた期待は失われてしまった。

カリフォルニア州のサンバーナディーノで14名を射殺した容疑者が過激派組織「イスラム国」(IS)の支持者であることが判明した直後、オバマ大統領は執務室からテレビ演説を行った。執務室からの演説はごく重大な場合に限られている。オバマ政権では、就任以来これが3回目に過ぎない。

その背後にはアメリカ社会に広がる不安がある。サンバーナディーノの乱射事件はパリの大規模なテロから時を置かずに発生したためアメリカ社会に大きな不安を与えていた。ISに対する軍事行動が成果を上げていないという不満も広がっていた。状況を放置すれば、過激派ばかりでなくイスラム教徒一般への反発や差別が広がる可能性があった。

オバマ大統領の演説は、テロリズムと対決する方針を示す一方、過剰反応すべきでない、米国とイスラムの戦争と捉えてはならないと述べるものであった。対テロ攻撃は成果を上げていると指摘することで国民に安心を与える一方、アメリカ社会がイスラム教徒への迫害に向かわないように求めたのである。

だが、この演説が効果を上げたとはとてもいえない。かつてプラハやカイロでのオバマ演説を絶賛した新聞とテレビも、今回の反応は弱かった。元大統領候補のマケイン上院議員は、ISに立ち向かう戦略を示すことにまた失敗したと非難し、次期大統領選挙に向けて共和党から立候補しているマルコ・ルビオやテッド・クルーズもオバマ政権によるIS攻撃とテロ対策の失敗を批判した。なかでも極端なのが、世論調査で共和党大統領候補トップを走るドナルド・トランプである。オバマ演説の直後にトランプは、ソーシャルメディアに「たったこれだけ? すぐ新しい大統領が必要だ」と書き込んだ。

さらにトランプは、イスラム教徒アメリカ入国の全面禁止を訴えた。状況がわかるまでという限定がつけられているとはいえ、過激派の疑いがある場合などという条件なしにイスラム教徒すべての入国を拒絶するのだから穏やかではない。トランプの訴えは民主・共和両党の政治家やマスメディア、さらにロンドン市長をはじめとする米国外の政治家から厳しく非難されたが、トランプは方針を撤回していない。しかも発言後に行われた世論調査でもトランプの支持率は高い。イスラム教徒迫害を戒めるオバマ大統領と対極に立つ、もうひとつのアメリカである。

アメリカが民主党を支持する「青い州」と共和党支持の「赤い州」に分裂するなかで、アメリカに統合を回復させる指導者という期待を集めてオバマは、大統領に就任した。対外政策では、アフガニスタンとイラクから撤兵し、二つの戦争によって失ったアメリカの信用を回復することが期待された。アメリカのなかの分断を乗り越え、アメリカと世界、さらに世界各国の間に開いた溝を乗り越える指導者というイメージである。

それから7年、民主・共和両党の対立は厳しく、赤い州と青い州の分断が続いている。警官によるアフリカ系アメリカ人への暴力とその引き起こす反発を見ればわかるように、人種問題も深刻だ。対外的にはイラク撤兵を実現しながらISの台頭を直接のきっかけとしてイラク・シリア空爆を開始し、その効果が上がらないさなかに欧米諸国では過激派のテロが続く。統合を実現するどころか、アメリカ、さらに世界全体を見ても分断と対立が続いているというほかはない。

オバマ大統領がこれまでに行ってきた演説は、分断ではなく統合、アメリカの単独行動ではなく国際協力、そして軍事行動以外の選択を模索してきたといってよい。その大統領の下で国内の分断と欧米諸国とイスラム諸国の対立が拡大したことは皮肉というほかはない。

さらに深刻なのは、アメリカに、分断、単独行動、そして軍事力優勢を訴える大統領が登場する可能性である。私はトランプが大統領に当選する可能性は極めて小さいと考えるが、それでもラテン系、アフリカ系、イスラム系など、あらゆる人々に対する暴言を繰り返してきたこの人物を支持するアメリカ国民が少なくないことは無視できない。マイノリティー、移民、さらに過激派によって自分たちの安全が脅かされていると考える人々がそこにいる。

アメリカが単独行動と力の優先に向かえば国際関係の求心力が失われる。そのとき、オバマよりブッシュがよかったとかオバマもブッシュも違いはない、アメリカはいつも同じだなどという主張がどれほど誤ったものなのか、思い知らされることになるだろう。

この文章は朝日新聞夕刊の『時事小言』に 2015年12月15日に掲載されたものです。