日本と核軍縮の複雑な関係 − 核廃絶と核抑止の狭間で

東京大学政策ビジョン研究センター特任助教
向和歌奈

2016/2/25

2013年5月15日 国連核軍縮部会の様子(国連総会会議場)
Photo by UN Geneva - Open-Ended Working Group on Nuclear Disarmament Negociations (2013)

2016年2月22日、「多国間核軍縮交渉の前進に関するオープン・エンド作業部会」(以下、オープン・エンド作業部会)の第一回会合がジュネーブの国連欧州本部で開始された。この作業部会設置をめぐる国連総会での決議で日本は棄権票を投じ、当部会への参加へも慎重な姿勢を見せてきた。だがここにきて一転、政府はこの作業部会に参加する方向で調整を進め、外務省は正式に代表を派遣する考えを発表した1

世界で唯一の被爆国である日本は、日米同盟による「核の傘」のもと、揺れている。核軍縮や核廃絶を積極的に訴える日本が、それらを進めるための具体的な方策を話し合う作業部会の設置と開催に難色を示すことに違和感を覚えた人は少なくないだろう。しかし、日本のこの一見矛盾した行動は新しいものではない。日本が持つ核廃絶への希求と、政府による核軍縮を進めるための具体的な政治的行動は、必ずしも一致してこなかった実情があるからだ。

国連の核軍縮作業部会 − 核保有国、NATO加盟国、同盟国は設置採決で反対・棄権

では核軍縮を議論するためのオープン・エンド作業部会とはなにか。もともとオープン・エンド作業部会の設置勧告は、2015年前半期に開催されたNPT運用検討会議2 の最終文書案に盛り込まれたものだった。国連総会が最後に軍縮のための作業部会を設置したのは2012年に遡る。2013年8月に約80か国が多国間軍縮交渉を前進させる方法について協議したが、核兵器国は参加を見合わせた。

オープン・エンド作業部会を設置して各国代表が核軍縮について活発な議論を展開させることは、核なき世界への重要な一歩である。特に、今回のメキシコ主導の議案3 は核兵器の非人道性を訴える多数の国家との協働であり、国連の軍縮会議のようにコンセンサス形式で運営される既存の枠組みで行き詰まりを見せる核軍縮を促進させるための新たな取り組みであるとの期待が込められている。他方でこの決議をめぐる国連総会での投票結果をみる限り、核軍縮への一歩が確実に踏み出せるのかに甚だ疑問が残る。

今回も、核兵器国(NPTで明記された核保有国)5か国に加え、核保有国(NPTに明記されていない核保有国)4か国のうち3か国が反対ないし棄権票を投じている(北朝鮮は賛成票を投じた)。そしてこれと連動するかのように、核兵器国との強い関係を維持するNATO加盟国、同盟国などが揃って棄権票を投じている(反対12か国と棄権34か国)。

ここから見えてくるのは核抑止に頼る国防・防衛政策を重視する姿勢が依然として根強く国際政治に残っている事実である。日本も例にもれず棄権票を投じている。国際政治を学ぶものとしてこの点は何ら不思議ではない一方で、被爆国としての日本がとる行動としては違和感を覚える点は否めない。

表:国連総会での投票結果(反対および棄権国)


被爆国日本 − 核軍縮・核廃絶を目指すも、日米同盟の核抑止力に依存

核兵器(原爆)の惨禍を経験した国家は世界中で日本だけだ。1945年8月に広島と長崎に原爆が投下され、1954年に第五福竜丸がアメリカの水爆実験に巻き込まれた。一度ならずとも三度の経験はその後官民問わず深く刻み込まれ、日本人のアイデンティティとして、日本という国家と核問題を結びつける際に欠かすことのできない一種の特殊な象徴として捉えられてきた。日本政府が国連に対して「核兵器廃絶決議案」を毎年提出する理由もここにある4 。「核兵器の全面的廃絶の国際の日」5 の9月26日に国連本部で開催された記念会合では、岸田文雄外務大臣が「核軍縮を進めるためには、核兵器国と非核兵器国が協力しながら、具体的かつ実践的な措置を着実に積み重ねることが何より重要」であると述べた6 。唯一の被爆国である日本の核廃絶・核軍縮への思いは、当然強い。

その一方で、前述のように、オープン・エンド作業部会の設置決議の採決で、日本は棄権票を投じている。

この相反する現象は、国際政治の観点からみると、決して新しいものでも不思議なものでもない。日本は、第二次世界大戦後より継続的に、核兵器をめぐる奇妙な政治力学と対峙してきたからだ。日本の対外政策は、アメリカとの同盟関係に一義的に依存している。核問題に関しても、日米同盟に傷をつけないことが重要であり、それが時には被爆国としての使命感と拮抗することも少なくない。たとえば、第五福竜丸事件が起こった後、原水爆禁止運動が盛り上がった裏で日本政府は日米同盟の強化を進め、核抑止に依存する政策を継続した。1971年に国是化された非核三原則は、拡大抑止への依存、核軍縮の推進、ならびに原子力平和利用の推進から成る「日本の核政策四本の柱」の一部として位置づけられた。非核三原則は、沖縄返還問題を推し進めるための重要な取引カードとしても使用され、ある時にはアメリカ政府に対して日本が核兵器に対して大々的に反対姿勢をとらないことを示しつつ、またある時には国内に対しては政府が真剣に核軍縮や核廃絶について考えていることを示す戦略的な切り札とも考えられた。

核廃絶は達成したいが核抑止に頼る政策をとる。政府はこの二つを矛盾しない政策であると繰り返し主張してきた。実際、NATO諸国もこの考えを共有する。だが核抑止に頼る政策は核兵器の存在を暗に認めることにもつながる。この矛盾が解消されない限り、新たに核保有をもくろむ国家を説得しようとしても、また既存の核兵器国に核軍縮を主張しても、その説得力が半減してしまう。核抑止を軸に展開してきた伝統的な国際政治をどのように打破していくか。日本は被爆国として、アメリカの同盟国として、国際社会の一員として、どのような選択肢をとっていくのか、とっていくべきなのか。課題は決して小さくない。


脚注

  1. 外務省「『多国間核軍縮交渉の前進に関するオープン・エンド作業部会』への日本の参加」2016年2月17日付。[http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_002970.html] 2016年2月22日アクセス。
  2. 1970年に発効したNPT(Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons、核兵器不拡散条約)は、発効後5年ごとに条約の運用を検討する目的のために会議を開催することを第8条に規定している。会議の成果は最終文書の採択をもって示される一方で、これは各国に対して法的拘束力を持たない。2015年は各国の主張が衝突した結果、議長による最終文書案が示されたものの採択に至らなかった。
  3. 2015年11月5日、国連第一委員会ではメキシコが主導する形でオープン・エンド作業部会の設置に関する決議案(A/C.1/70/L.13 "General and complete disarmament: taking forward multilateral nuclear disarmament negotiations")が提出され、賛成多数で採択された。その後12月に開催された国連総会においても、同様に賛成多数で採択された。決議案は多国間の核軍縮交渉を確実に進展させる緊急性に鑑み、核軍縮のための「具体的で効果的な法的措置」や核なき世界を達成するための「法的条項や規範」を交渉する作業部会の開催を提唱した。国連総会での決議の前の11月5日に国連第一委員会にて行われた投票では135か国の賛成、核保有国を中心に12か国の反対、そして33か国の反対があった。国連総会では138か国の賛成、12か国の反対、34か国の棄権という結果であった。2016年2月にジュネーブで開催が予定されている。
  4. ちなみに2015年12月8日に国連総会本会議に提出された「核兵器廃絶決議案」は賛成多数(賛成166、反対3、棄権16)で採択された。なお反対票を投じた三か国とは、中国、北朝鮮、ロシアであった。
  5. 2013年9月26日に核軍縮に関する国連総会ハイレベル会合が開催され、この日を「核兵器の全面的廃絶の国債の日」と制定する国連総会決議68/32が採択された。
  6. 外務省「核兵器の全面的廃絶の国際の日に関する国連総会会合」2015年10月1日付。
    [http://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/ac_d/page3_001402.html] 2016年2月1日アクセス。

参考リンク