アメリカとフィリピン − 法の支配、失われる危機

東京大学政策ビジョン研究センター副センター長/法学政治学研究科教授
藤原 帰一

2016/9/23

左:ドナルド・トランプ氏 (via Wikimedia Commons/ Adapted.) 右:ロドリゴ・ドゥテルテ氏 (via Wikimedia Commons/ Adapted.)

民主主義が危機に直面している。民主主義のもとで法の支配が失われる危機である。

危機に直面する社会の第一は、ドナルド・トランプ氏が大統領となる可能性の生まれたアメリカである。リアル・クリア・ポリティクスによる世論調査の平均値によれば、民主党大会後の8月初旬には民主党候補ヒラリー・クリントン氏との間に8ポイント近く開いていた差が、9月18日現在では1ポイントを切る差となった。クリントン氏が優位とはいえ、接戦だ。

トランプ氏の政策には極端なものが多い。メキシコとの国境に壁を設け、その建設費をメキシコ政府に支払わせる。テロの容疑者に対する拷問、さらに容疑者の近親者の拘束も認めてしまう。難民受け入れを否定するのはもちろん、時限措置とはいえ紛争地域からのアメリカ入国を禁止する。北大西洋条約機構(NATO)や日米安保条約を見直し、負担増に応じなければ米軍を撤退する。いずれも国内のマイノリティーや諸外国との関係を二の次にした、大胆、あるいは乱暴な政策である。 こんな政策を実施すればアメリカ国内における人種と民族の分断が加速し、諸外国との関係も悪化してしまう。アフリカ系やラテン系などアメリカ社会のマイノリティーのなかにトランプ支持が少ないのも当然だろう。経済や外交の専門家もトランプ候補への批判が強い。

だが、トランプ支持者から見れば、間違っているのはトランプ氏ではなく、ラテン系をはじめとする移民、さらに外国の政府や企業を優遇してきたこれまでの政策なのである。NATOなどの同盟がアメリカの過大な負担に支えられていると考えるアメリカ人も多い。マイノリティーの保護に傾いた政治を正し、外国に言うべきことを言うトランプ氏こそが大統領にふさわしいということになる。

フィリピンの新大統領となったロドリゴ・ドゥテルテ氏も、乱暴な言葉と政策によって知られる人である。ダバオ市長任期中は街頭で犯罪者を射殺するなど過激な政策を実施し、大統領選挙では就任後最初の半年で10万人の犯罪者を殺害すると公約した。実際、政権が発足してから2カ月余りのうちに、警官ばかりでなくビジランテと呼ばれる非公式の自警団によって、麻薬密売人と目された3千人以上が射殺されたと伝えられている。フィリピンの法制度では裁判を受ける権利が保障されるのはもちろん死刑も禁止されているだけに、司法手続きを度外視した大規模な射殺は、控えめに見ても超法規的な措置である。

とはいえ、ドゥテルテ氏は現在でもフィリピン国民の支持を集めている。大統領就任の翌月、すでに超法規的射殺が始まった後の7月初めに行われた世論調査では、ドゥテルテ氏を信頼する国民が91%という圧倒的多数に上っている(Pulse Asia)。

その背景には犯罪と暴力の絶えないフィリピンの現状がある。麻薬密売人と疑われて殺されかねない人から見れば、ドゥテルテ氏の強行策は悪夢だろうが、その疑いをかけられることのない多くの国民から見れば、ドゥテルテ氏の政策は人権侵害どころか、フィリピン国民に安全をもたらすための、遅きに失した措置にほかならない。ドゥテルテ氏の超法規的暴力がフィリピン国民から支持を集めていることは否定できないだろう。

国連脱退を辞さないと発言し、オバマ大統領をののしるなど、ドゥテルテ氏は外交においても波紋を呼んできた。中国との領土紛争を抱えるフィリピンがどうしてアメリカに強硬姿勢をとるのか不思議にも思われるだろうが、アメリカに強い姿勢で臨むドゥテルテ氏を支持するフィリピン国民は少なくない。植民地時代から今日に至るまでアメリカに虐げられてきたと感じるフィリピン国民は数多い。アメリカに屈しない指導者というイメージが国民の支持を集めるのである。

トランプ氏とドゥテルテ氏との間に違いもあるが、法と秩序のために手段を選ばない内政と外国に言うべきことを言う外交は共通している。その背後には、マイノリティー保護が国民の負担を伴い、法の支配を貫けば犯罪者を取り逃がしかねず、国際協力を進めるなら外国に利用され、支配さえされかねないという現実がある。

この現実に対してトランプ氏とドゥテルテ氏の示す「解決」はわかりやすい。しかし2人とも、自分の政策遂行を法の支配の外に置いている。そこには自分の政治権力が法に縛られているという自覚を見ることができない。

民主主義によって、民主主義の土台であるはずの法の支配が覆される。アメリカとフィリピンに見られる危機の中核は、そこにある。

この文章は朝日新聞夕刊の『時事小言』に 2016年9月21日に掲載されたものです。