「アメリカ第一」の皮肉 − 弱まる世界への影響力

東京大学政策ビジョン研究センターセンター長/法学政治学研究科教授
藤原 帰一

2017/8/23

藤原帰一

Photo: K.yamashita

トランプ政権が発足してから半年が経った。その間に明らかになったのは、トランプ大統領の下におけるアメリカが国外への影響力を失いつつあることである。

その一面は、アメリカ政府の自発的な行動の結果である。「アメリカ第一」を掲げるトランプ政権は、政権発足直後に環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱し、二つの首脳会議、G8とG20においてアメリカ以外の諸国が反対を明示したにもかかわらず、環境保護に関するパリ協定からも離脱した。各国がアメリカを追い出そうとしたわけではないから、アメリカが意図的に退いたわけだ。

だが、アメリカが抜けた後にも国際的制度や機構は揺らいでいない。日本は欧州連合(EU)と経済連携協定について大枠合意に達し、TPPについてはハノイでアメリカ抜きのTPP11実現を目指す閣僚会合が開かれた。パリ協定についても、アメリカを除くG8・G20諸国は支える方針で一致している。貿易でも環境保護でもアメリカの撤退はアメリカなき国際合意への道を開いたのである。もしアメリカ政府が、アメリカが国際協定から離脱すれば各国が動揺し、国際協定の再交渉に合意するのではないかと期待していたとすれば、その期待は裏切られた。

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国内政治の動揺が、アメリカの対外的影響力をさらに押し下げている。トランプ政権はオバマ政権のもとで実現した医療保障制度オバマケアに代わる新たな制度の実現を最優先課題としてきたが、その目的から作られたヘルスケア法案の審議はまだ続いており、上院が可決する可能性は少ない状況である。そして、このヘルスケア法案の審議を最優先したことから、トランプ政権の求める減税も、大規模な公共投資を求める予算案も議会を通過する公算は立っていない。共和党が上下両院の多数を占めているにもかかわらず、議会と政府の間にきしみが続いているのである。

スキャンダルも深まる一方だ。ロシア政府が大統領選挙に工作を加えたという疑惑については、トランプ氏の長男トランプ・ジュニアに加え、現在上級顧問としてホワイトハウスに加わっている女婿ジャレッド・クシュナー氏がロシア政府とつながりのある複数の人物との会合に加わっていたことが明らかとなった。ロシア政府による選挙工作をトランプ陣営が承知していた、もっと露骨にいえばロシア政府を使って大統領選挙に勝とうとしていたという疑いである。この件では連邦捜査局(FBI)の捜査も続いているだけに、政権に与える影響は少なくない。

政権のなかでは極右サイトのブライトバートを主宰したスティーブン・バノン首席戦略官やスピーチライターも務めるスティーブン・ミラー補佐官らがパリ協定離脱などアメリカ第一という立場を訴える一方、レックス・ティラーソン国務長官やクシュナー氏がより穏健な対外政策を求めるなど、政策対立も伝えられている。スキャンダルに加え、内部対立がトランプ政権を弱め、それがアメリカの対外的影響力をさらに引き下げる結果を招いている。

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トランプ氏の前任者オバマ大統領は対外介入に慎重な姿勢を続け、混乱を続けるシリアなどでも地上軍の投入を避けてきた。力の行使に消極的なオバマ政権の姿勢に対し、オバマはアメリカを弱くしてしまったという批判が起こり、大統領選挙においてトランプ氏がクリントン元国務長官を破る一因となった。

そのトランプ氏のもとでアメリカの影響力が弱まってきたのだから皮肉というほかはない。ISIS、いわゆる「イスラム国」の手からモスルを奪回しながら、イラクにおけるイランの影響力が拡大する結果となっている。中国を誘い込んで北朝鮮を圧迫する政策も効果はなく、逆にミサイル実験を続ける北朝鮮を前にして中国とロシアが共同でアメリカの北朝鮮政策の転換を求めるという事態となってしまった。オバマ政権の8年のどの時期をとっても、ここまでアメリカ外交の失態が続き、ワシントンの存在が軽くなった時代はなかったといっていい。

このままトランプのアメリカは地盤沈下を続けるのだろうか。ティラーソン国務長官やマクマスター安全保障担当補佐官は対外的にもそれなりに信頼されているだけに、彼らが主導権を握るなら日本やEUなどとの関係にも展望が見えてくる。問題は、トランプ氏が政策遂行を専門家に任せようとしないことだ。この情勢が変わらない限り、つまりトランプ氏がトランプ氏であり続ける限り、アメリカの後退は続き、日本もEUも、アメリカ抜きの国際体制を作ることを強いられる。トランプ氏はアメリカを弱くした指導者として歴史の中で記憶されることになるだろう。

この文章は朝日新聞夕刊の『時事小言』に 2017年7月19日に掲載されたものです。