緊張高まる北朝鮮情勢 − 脱・核抑止、模索の機に

東京大学政策ビジョン研究センターセンター長/法学政治学研究科教授
藤原 帰一

2017/8/25

藤原帰一

Photo: K.yamashita

国際関係が緊張するとき、軍事力に頼る選択に国民の支持が集まりやすい。北朝鮮をめぐる国際情勢はその典型だろう。

2017年に入ってから北朝鮮政府は長射程ミサイルの実験を繰り返してきた。向かい合うアメリカとその同盟国は戦略爆撃機を韓国に飛来させ、高高度迎撃ミサイルシステム(THAAD)の増強に努めた。

言葉の応酬も激しい。アメリカのトランプ大統領はこれまで世界が見たことのない炎と怒りに直面するだろうと述べた。北朝鮮政府はグアム島周辺に向けたミサイル発射を予告し、8月21日から始まった米韓合同軍事演習に対しては、核戦争に火を放つ目的によるものだとこれを非難している。

緊張が高まるなか、日本は外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)によって日米の連携を確認し、小野寺五典防衛相は、グアム島がミサイルで攻撃された場合は集団的自衛権を行使することも可能となる「存立危機事態」にあたりうるとの認識を示した。ミサイル発射に備えて全国瞬時警報システムJアラートを用いた訓練も進められている。北朝鮮の行動を未然に抑制する目的を既に超えて、軍事行動が行われた場合における具体的な対応を検討する段階に入ったといっていい。

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その一方で、核兵器の削減や廃絶への取り組みは見えてこない。国連が7月に採択した核兵器禁止条約に対し、被爆国でありながら日本は署名しなかった。北朝鮮が核兵器の使用を辞さないとき、必要なのは核抑止であって核廃絶ではないというかのようだ。

さて、どう考えればよいのだろうか。当然のことながら、北朝鮮の核保有もミサイルの実験も認めてはならない。共同軍事演習などによる軍事的牽制も必要である。だが、軍事的牽制は核軍縮の模索と矛盾しない。それどころか北朝鮮政府への対応は核廃絶に向けた国際協力と結びつけなければならない。

核開発とミサイル演習という粗暴な行動にもかかわらず、北朝鮮政府の目的は朝鮮半島の統一よりも、その体制の存続に置かれていると見ることができる。日本を含む各国が軍事力によって北朝鮮の体制を倒そうとするのでない限り、何よりも北朝鮮による軍事力の使用こそが、北朝鮮と各国が対立するポイントである。

そこから、北朝鮮に臨むべき政策のパッケージが生まれる。軍事的抑止と経済制裁の強化は必要であるが、そのような対抗的措置と組み合わせ、日本を含む諸国が認められる範囲において北朝鮮と外交交渉を行う可能性も模索し、どのような行動をとれば各国が北朝鮮を受け入れるのか、その条件を示す必要がある。ただ軍事的威嚇に頼るだけでは危機をエスカレートさせる懸念が残るからだ。

核兵器については、まず北朝鮮の核廃棄という前提を北朝鮮以外の各国が確認したうえで、核兵器の先制使用は行わないことをアメリカが明示しなければならない。韓国、オーストラリア、さらに日本などアメリカの核抑止力に頼ってきた諸国は、通常兵器による抑止力を当面は確保しながら、抑止力における核兵器への依存を減らす方策を探る必要がある。核兵器禁止条約に日本などが加わらなかった背景には核抑止への依存があった。核兵器による抑止に頼り続けるなら現在の危機が核戦争へとエスカレートする危険が残るばかりか、韓国、さらに日本などの諸国が独自の核開発に向かう可能性さえ生まれてしまう。

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北朝鮮危機の本質は、核の拡散である。イスラエル、中国、さらにインド、パキスタンと、現代世界は核兵器の拡散を阻止することに失敗してきた。長射程ミサイルの実験を繰り返す北朝鮮を前にするとき、核の不拡散を訴える時期は遠のいたようにも見える。まさに北朝鮮への軍事的抑止が必要な状況だからこそ、潜在的な紛争から核兵器の実戦使用を切り離す可能性を模索しなければならない。

北朝鮮以外の諸国が受け入れることのできる条件の下で金正恩体制が国際交渉に加わる状況はまだほど遠いだけに、軍事的抑止の必要は大きい。だが、まさにそのようなときだからこそ、北朝鮮政府による無謀な行動を抑制しつつ、北朝鮮への対応が新たに紛争をエスカレートさせないよう、外交的な選択も併せて検討しなければならない。

日本はかつて無謀な戦争によって各国国民に破滅的な打撃を与え、日本国民も犠牲となった。その経験があるからこそ、日本政府は、軍事力への期待や過信が新たな戦争を引き起こすことのないよう、紛争拡大を阻止する責任を負っている。そのような日本の姿は、私には、まだ見えない。

この文章は朝日新聞夕刊の『時事小言』に 2017年8月23日に掲載されたものです。