手続き軽視の解散 − 権力への制限陰る恐れ

東京大学政策ビジョン研究センターセンター長/法学政治学研究科教授
藤原 帰一

2017/9/21

藤原帰一

Photo: K.yamashita

安倍首相が衆議院の解散を決意したと伝えられている。9月28日に召集される臨時国会の冒頭で衆議院を解散し、総選挙を行うというものだ。前回の衆院解散から3年近くになる。その間に2015年には新安保法制に関する与党合意と国会承認、17年にはいわゆる共謀罪の規定を含む改正組織犯罪処罰法が施行された。

戦後レジームからの脱却という言葉に見られるように、総理就任以前から安倍氏は第2次世界大戦後の日本に生まれた政治の刷新を主張してきた。それだけに、新安保法制も共謀罪も、憲法を中核として戦後日本が保持してきた制度を打ち壊すのではないかという懸念と反発を引き起こした。憲法を守るために安倍政権を倒すべきだという立場がそこから生まれる。

新安保法制は、日米安保条約と日本国憲法との間に存在する矛盾に取り組むために必要な措置であった。テロ行為は他の犯罪にもまして未然防止の必要性が高いため、共謀罪のような立法が必要な状況は存在する。私は戦後レジームの解体も憲法改正も必要だとは考えないが、新安保法制と共謀罪そのものが憲法を破壊するとは考えない。

*

問題は、法案を採択する手続きにあった。このコラムで以前書いたように、新安保法制は憲法解釈を大きく変えるだけに、超党派の合意が必要であり、通常の立法手続きでは不十分である。共謀罪についても国会審議が尽くされたとはいえない。安倍政権は、行政府に負託された権力を広く捉え、議会によるチェックアンドバランスを狭く捉えてきたといわざるを得ない。

そもそもなぜ安倍首相は5年近く政権を担うことができたのか。民進党を始めとする野党の弱さがその一因であることは間違いないが、経済と政治の安定が国民から支持される原因となったことは否定できないだろう。安倍政権の支持層は戦後レジームの刷新に賛同する保守層に限られず、政治と経済の安定には賛成しても、現在の日本政治の大きな刷新には賛成しないグループも含まれている。安倍首相は右翼だから支持されているわけではないのである。

その点で安倍政権には中曽根政権と似たところがある。中曽根康弘氏も戦後政治の総決算と憲法改正を求めてきた政治家であるが、首相就任後はタカ派的な言動を抑え、堅実な経済政策を基礎とした長期政権を実現した。政権を保持するために右派に限られない幅広い支持を求めたのである。

安倍氏も第1次政権では首相就任前に刊行された「美しい国へ」に従うかのように戦後レジームからの脱却を目指す強気の政治指導を行い、短期政権に終わった。12年に首相に返り咲いた後の安倍氏は、政権を保持するために、イデオロギーの発露よりも実際的な政策判断、プラグマティズムを優先しているかのように見えた。

だが、第2次政権における安倍首相のプラグマティズムは、政権を維持するために避けることのできない現実の反映であった。昨年の参院選後、自民党以外の各党がいっそう弱まるなかで、そのようなプラグマティズムが今後も続く根拠は失われつつあるように思われる。

*

焦点は憲法だろう。公明党が新安保法制に賛同した理由の一つは、憲法を保持しつつ同盟も堅持することであった。日本の国民世論は憲法も安保もともに支持する立場が多数を占めているだけに現状維持ともいうべき立場であるが、総選挙に自民党が大勝すれば公明との連立を維持する必要もなくなる。現行憲法の下で新安保法制を実現した以上、安保条約と憲法の関係だけが問題なら憲法を改正する必要はない。戦後レジームからの脱却というよりナショナリスティックな課題に向けた憲法改正が問われることになるだろう。

 私は憲法を改正してはならないとは考えない。しかし、立憲政治の基礎が政治権力の行使に対する制約にある以上、憲法の個別の条文の修正ではなく憲法の正統性を否定するような憲法改正の試みは、立憲政治の基礎を壊してしまう。臨時国会の冒頭における衆院解散はそれ自体が手続きの合法性を軽視する態度を示すものであるが、それが自民党の大勝に終わるなら、立法府による行政への制約を期待することはできなくなるだろう。

第2次安倍政権のもとで政治の安定と経済の安定が実現したことは大きな成果である。だが、そのプラグマティックな政治指導は、政治権力に対するさまざまな制限の結果でもあった。総選挙によってそのような制限が弱まるならば、制限されざる権力という立憲政治の対極に立つ状況が生まれることになるだろう。

この文章は朝日新聞夕刊の『時事小言』に 2017年9月20日に掲載されたものです。