原発と核兵器 - 危険直視し具体策へ道を

法学政治学研究科教授
藤原帰一

この記事は朝日新聞夕刊の『時事小言』
2011年5月17日に掲載されたものです。

2011/5/19

コンスピラシー・オブ・サイレンス、暗黙の陰謀という英語表現がある。目前の状況から目を背け、不正の横行や危険の拡大を見逃してしまう。原発事故を前にして感じたのは、それだった。原子力発電の危険性から目を背けてきたという、砂を噛むような思いである。

福島第一の事故が起こるまで、原子力発電の安全性を疑う声は少なかった。水力発電や火力発電と違って生態系への打撃や二酸化炭素の排出の乏しい、廉価でクリーンなエネルギーとして原子力発電を評価する声が高かった。

事故発生によって、原子力発電への判断は逆転する。電力の大量消費を見直すべきだという主張があふれ、原発すべての操業を停止すべきだという主張も極論ではなくなった。

従来から原発の危険性を訴える声はあった。幾重に安全設計を施しても、大規模な地震や津波が安全設計のすべてを壊してしまえば破滅的な災害となる。その可能性は、故高木仁三郎氏などによって指摘されていた。

だが、その声に耳を傾けるものは多くなかった。少なくとも私は、不吉な予言から耳を閉ざし、原発の与える電力を享受してきた。原発反対派が極端な議論をもてあそぶ「変な人たち」という立場に追いやられてゆくのを前に、私は何もしなかった。

原子力発電を支持する主張にも一理はあった。原発以外の方法で十分な電力供給が実現できるのか。火力発電による大気汚染や水力発電のための環境破壊を受け入れることができるのか。電力消費を大幅に減らした暮らしなど成り立つのか。そんな声を前にすると、原子力発電もやむを得ないのかという気持ちになった。

しかし、「原発推進」と「原発反対」の二者択一のなかで、原子力発電の危険性をどのように削減するかという具体的な政策課題がどこかに忘れられてしまう。なかでも大きいものが、老朽化した原発のゆくえだった。過去の安全性基準に沿って作られた発電所は危険だが、廃炉には膨大な支出が必要となる。日本ばかりでなく多くの国で、老朽化した原発の操業延長が決定されていった。「原発反対」論に耳を傾けていれば、福島第一は操業を停止していたかも知れない。

電力を享受し、原子力発電の危険から目を背ける。事件が起これば、政府や東京電力に騙されていたと怒り、自分の沈黙には目を向けない。この構図とよく似た議論がある。国際関係における核兵器の削減である。

広島・長崎への原爆投下という悲惨な経験のために、日本では核兵器廃絶を支持する声が高かった。だが同時に、日米同盟のもとで、日本がアメリカの核抑止力に頼ってきたことも否定できない。抑止の実証は常に困難だが、かつてのソ連、現在の北朝鮮や中国が、アメリカによる核攻撃の可能性を恐れずに日本への軍事行動を計画できないことは疑いがない。核廃絶を求める日本は、核抑止の受益者でもあった。 核抑止によって現在の国際的安定が支えられているという前提を受け入れたとしても、核削減と将来の廃絶を否定する結論にはつながらない。核削減は、ユートピアではなく、それ自体が国際緊張を引き下げる多国間交渉だからだ。そこで必要となるのは核に頼る平和から核に頼らない平和への変化であり、具体的な軍縮交渉の実践である。

だが、核抑止による安定を受け入れる人たちにとって、核軍縮とはアメリカの提供する核抑止力の低下であり、日本の国防の弱体化であった。逆に核廃絶運動の側では、核抑止という概念そのものが間違っているものとされ、軍縮交渉は核兵器の全面的廃絶と異なる提案として警戒された。平和運動が、軍縮の具体的な構想よりも広島・長崎の被爆体験を国外に伝えることに力を注いできたことは否定できない。

こうして、核問題に関する議論は、核抑止による安定に寄りかかる政府と、軍縮交渉を切り離した核廃絶を求める平和運動に分裂する。核抑止論と核廃絶論が原則論の段階で向かい合う構図からは、具体的な政策プロセスとしての軍縮を実現する手がかりは見えてこない。そして国民世論は、核戦争が起これば取り返しがつかないことがわかっていながら、核抑止のもとの安定を受け入れ、核軍縮の構想から目を背けてきた。

今では平和運動ばかりかキッシンジャー元国務長官やペリー元国防長官のようなアメリカ政府の実務家も、核軍縮と廃絶を呼びかけている。核軍縮をユートピアではなく、具体的な政策として考えるべき時が来た。

原発と核兵器をつなぐのは核の危険だけではない。災厄の可能性を説く声に耳を貸さなかった誤りを繰り返してはならない。