新たな核廃絶構想 - 核に頼らぬ安定 探る時

法学政治学研究科教授
藤原帰一

この記事は朝日新聞夕刊の『時事小言』
2011年8月16日に掲載されたものを元にしています。

2011/11/21

8月は平和を語る季節だ。なかでも広島と長崎に原爆が投下された6日と9日、核兵器廃絶への願いが繰り返し語られてきた。では、核廃絶はどうすれば実現できるのだろうか。

まず、核兵器が実際に減ってきたことを確認しておこう。米ソ冷戦の下では核弾頭の総数が6万を超えていたが、米ソ冷戦の終結を受けて、その廃棄が進められてきた。1991年に調印された第1次戦略兵器削減条約(START1)によって両国の核弾頭は6千以下とすることが合意され、その後の交渉を経て、現在では米ロ両国で実戦配備された核弾頭は合計5千以下、総数でも2万に減っている。核削減は不可能だという議論は、現実から離れたものに過ぎない。

また、核廃絶に向けた新たな動きが始まっていることも見逃せない。2002年のモスクワ条約以後、米ロ両国による核削減は停滞を迎えていたが、オバマ政権発足を受けて核軍縮への努力が再開され、11年2月には新たな戦略兵器削減条約(新START)が発効したからだ。その間には09年4月のプラハ演説でオバマ大統領が、さらに10年8月には広島における演説で潘基文(パン・ギムン)国連事務総長が、それぞれ将来の核廃絶を訴えた。核廃絶は、かつて広島と長崎に原爆を投下したアメリカ政府も含め、次第に受け入れられつつある考え方となってきた。

だが、いま進められている核軍縮によって核廃絶が期待できるとは言えない。そこには三つの問題が残されているからだ。

まず、現在の核軍縮は圧倒的に米ロ両国によるものに限られ、その両国ともに、他の核保有国に対する優位が保たれる限度のなかで核の削減を進めてきた。現在進められている核軍縮とは冷戦期に米ソ両国が蓄えた膨大な核弾頭を減らしているだけであって、核による安全保障という政策を両国が放棄したわけではない。

さらに、米ロ以外の核保有国では核削減の努力が見られない。イギリス、フランス、中国に加え、現在ではイスラエル、インド、パキスタン、そして北朝鮮と、核保有国の数は次第に増加してきた。米ロが核を減らす一方で米ロ以外の諸国が核を減らさないのであれば、米ロ両国の核削減への意欲は低下する。新STARTは大きな成果だが、その先の展望は見えない。

さらに、安全保障を核に頼る政策は核保有国に限ったことではない。核を持たない韓国や日本が、いわゆるアメリカの核の傘、すなわち核抑止力に頼る安全保障を続けてきたことは否定できない。核廃絶を求める日本は、同時に核抑止戦略に頼ってきたのである。

では、どうすればよいのか。核の傘あっての安全だ、核廃絶などという目標は日本の国益を損なうという主張があるだろう。抑止戦略そのものが間違っている、核兵器の招く災厄を世界に訴えることで各国政府を核廃絶へと追い込もうと唱える人もいるだろう。

私は、どちらの考えも採らない。核に頼る安全から脱却するためには、核に頼らなくても安全が保たれると各国政府、さらに各国国民が安心できる状況をつくらなければならない。ここで必要なのは、核に頼る安定を、核削減を伴う安定へと切り替えてゆく試みである。

米ロ核軍縮の場合、米ソ冷戦の終結によってその目標は実現に近づいた。だが、東アジア、南アジア、中東では、国際紛争が現実に続いており、核抑止力と核の傘への期待がまだ残されている。新START後の核軍縮、いわば第2段階の核軍縮は、それらの紛争に目を向けた上で、緊張緩和の手段として核軍縮を位置づける必要がある。これまで核軍縮に関心を示してこなかった中国やインドを巻き込んだ、多角的な緊張緩和と結びついた核軍縮の構想が求められるのである。

難しい課題には違いない。核軍縮が政府間交渉によって行われる以上、断固として核削減に応じない国家、たとえば北朝鮮に対して、交渉による軍縮の成果は期待できないからだ。だが、核戦争による共倒れを恐れる政府に対して、慎重な核削減によって核に頼らない平和への移行を求めることが不可能であるとは、私は思わない。そして、軍縮どころか軍拡の進む東アジアにおいて、新たな核兵器の配備を遅らせることができれば、それだけでも大きな成果だろう。

湯崎英彦広島県知事の呼びかけによって、明石康元国連事務次長を中心として、このたび国際平和拠点ひろしま構想の策定が開始された。その構想に加わる一員として、核廃絶を現実の政策としてどのように実現できるのか、内外の識者とともに検討を進めてゆきたい。核兵器の削減を米ロ両国政府だけに委ねておくことはできない。