主役の交代 - 中国台頭、経済と軍事と

法学政治学研究科教授
藤原帰一

この記事は朝日新聞夕刊の『時事小言』
2011年11月15日に掲載されたものを元にしています。

2011/11/21

 中国の軍事的・経済的台頭が著しい。それでは、世界政治の主役はアメリカから中国に移行しつつあるのか。アメリカに代わって中国が世界の覇権国家となるのだろうか。

国際政治の主役交代を捉える考えとして注目されているのが、権力移行、パワートランジションと呼ばれる理論である。11月11日から開催された日本国際 政治学会年次大会では共通論題として取り上げられ、東京大学を会場とした9月の日豪国際会議でも主要テーマになった。日本ばかりでなく、アメリカでも中国 でも関心を集める権力移行論とはいったい何だろうか。

1958年、アメリカの研究者A・F・K・オーガンスキーは、覇権国家とそれに挑む国家との間に覇権戦争が発生してきたという分析を発表した。覇権を掌 握した国家が国際秩序を形成するというオーガンスキーの認識は、力の均衡を主な枠組みとする当時の国際政治学と大きく異なり、発表当初に反響を呼んだとは いえない。だがアメリカの凋落(ちょうらく)が懸念された80年代には一躍注目され、多くの研究者にも影響を与えた。その後の四半世紀に関心はやや衰えた が、21世紀に入る前後から、また再評価が始まった。

では、なぜ注目されたのか。80年代は日本、21世紀の10年あまりは中国の台頭が進んだ。急成長を続ける国家が登場し、アメリカの優位に疑いが芽生えたとき、権力移行論が浮上した。今回の再評価は中国の台頭が招いた結果である。

ヨーロッパ史を振り返っても、ある国家が台頭し、それまで優位を誇った国家が相対的に凋落する時期には国際関係が不安定になる可能性は高い。中国の台頭 が現実となり、日本近海も含めた海洋における中国海軍の活動が激化している現在、権力移行論が注目されるのは当然と言っていい。

では、中国の台頭とアメリカの凋落は覇権戦争を招くのか。この結論に飛ぶ前に、「台頭」がどのような領域で進んでいるのかを吟味する必要があると私は考える。経済における台頭と軍事力における台頭とでは意味が違う可能性があるからだ。

まず軍事力についてみれば、中国における軍事力、殊に海軍力の増強は疑う余地がない。やがてアメリカを凌駕(りょうが)するという予測も、現在のペース が今後も維持されるという前提を受け入れる限りでは成り立つだろう。だが、中国の軍事力を過大評価することも誤りである。同盟によって結びついた西側諸国 と異なり、中国と同盟を組む国は北朝鮮だけ。政治的協力関係にある国は多いが、アメリカを相手として中国が軍事行動を起こすとき、中国とともに派兵すると は考えにくい。

2010年11月から12月にかけ、米韓両軍は黄海で合同軍事演習を行った。人民解放軍幹部は外洋戦略を公言してきたが、中国本土にほど近い黄海で軍事 演習をされながら手出しができなかったのである。そもそも軍事力に関してはアメリカと中国との隔たりはまだまだ大きい。これに同盟を加えて考えれば、中国 がアメリカの軍事的覇権に挑戦する構図を論じるのはまだまだ時期尚早と言うべきだろう。

中国台頭の中心は経済である。軍事台頭と異なり、経済台頭が国際関係を不安定にするとは限らない。

その典型がG20である。リーマン・ショック後の世界経済を再建するとき、中国、韓国、ブラジルなどの新興経済諸国の参加は不可欠だった。経済政策にお ける国際協調と、危機管理のための経済的負担が必要だからである。経済台頭した国家を前にするとき、スクラムを組んで牽制(けんせい)するよりは、なかに 取り込んで責任分担を求める方がよほど合理的な行動だった。

中国は、経済的優位を背景とした覇権を主張するどころか、中国は発展途上国だ、まだ大国ではないなどと述べつつ、責任分担や政策調整を可能な限り避け続けた。石油危機のただ中に先進国首脳会議の一員となった日本を思わせるような行動だった。

台頭した経済を既存の大国が抑えつければ需要の拡大する市場を手放してしまう。もちろん台頭した経済が国際体制に適応するとは限らないが、それを向こうに回せば経済成長が滞る。経済台頭は国際体制のなかに取り込み、受容する余地が存在する。

だが、これで問題が終わるわけではない。中国における挑発的な言辞は、経済分野と比べて西側諸国との格差がまだ大きい軍事分野において顕著に見られる が、それがどれほど不合理であっても中国国内では支持を集めている。国際的台頭がナショナリズムの高揚をもたらしたからだ。

覇権戦争は必然ではない。だが、その回避のために腐心しなければ、戦争が起こる危険があることも忘れてはならない。