規制のハーモナイゼーションを通じた医療イノベーションの可能性

政策ビジョン研究センター 特任助教
佐藤 智晶

このコラムは、2012年4月13日に行われた
医療イノベーションワークショップ キックオフ「医療イノベーションにおけるハーモナイゼーションの展望」
に関連して書かれたものです。

2012/7/5

はじめに

今回のコラムでは、医療イノベーションを推進するにあたって、規制のハーモナイゼーションがどのような意味を持っているのかについて考えてみたいと思います1

規制のハーモナイゼーションは、一般的にいえば、各国で異なるさまざまな規制に対し、共通の基準と規制手段を設定、認証、そして導入することです。医療分野では、まず薬事規制が議論の対象として挙げられます。薬事規制とは、ごく簡単に言えば、健康被害が発生しないように、安全性と有効性が確認された医療関連製品についてのみ国内での販売、使用を認める仕組みのことです。この仕組みは、各国でそれぞれ異なるのが原則で、それ故に、A国ですでに市販されている製品がB国で新たに市販され、患者の治療に使われるためには、B国で追加的な審査を受けなければなりません。B国からC国へ、C国からD国へも同様です。規制のハーモナイゼーションは、A国からB国、B国からC国、C国からD国へというように、追加的な審査にかかる時間と費用を小さくすることで、より多くの患者に、より早く、より新しい製品を介した医療を提供しようとする試みということができます。

もちろん、規制のハーモナイゼーションにも懸念すべき点はあります。より早く、より新しい製品が臨床現場で用いられることは、必ずしも優れた医療の提供を約束するものではないからです。たとえば、A国ですでに市販されている製品について、追加的な審査時間がB国とC国で短くなればなるほど、最後のD国では新たな事象、リスクに遭遇する可能性が高まります。A国、B国、そしてC国が製品の想定されるリスクとベネフィットを正しく審査することができ、しかも、市販後に判明したリスクに迅速に対応することができるならば、D国はA国、B国、C国での対応を後追いすれば良いだけです。しかしながら、それは言葉で言うほど簡単ではなく、限られた時間内に製品のリスクとベネフィットを評価することには当然限界があります2。逆にA国、B国、そしてC国で審査時間をかければかけるほど、D国で遭遇する事象は、すでにA国、B国、C国で顕在化しているはずです。D国は、既知の事象については慌てることなく対応することができるでしょう。我々は、規制のハーモナイゼーションを進めながら、より優れた医療を実現することが本当にできるのでしょうか。

今回のコラムでは、今まさに進められようとしている医療イノベーションにおいて、規制のハーモナイゼーションを通じて、より多くの患者に、より早く、そしてより優れた医療を実現する可能性について示したいと思います。

以下では、米国と欧州における医療イノベーションの概要をまとめた後に、規制のハーモナイゼーションの意味を考えてみます。

このコラムの結論を先取りすれば、次のようになります。

規制のハーモナイゼーションは、医療分野を我が国の基幹産業の1つとして位置づけ、より多くの患者に、より早く、そしてより優れた医療を実現するための手段の1つです。手段である規制のハーモナイゼーションは、安全をないがしろにするような方向で進められるべきでは決してないですが、他方で、新しい治療を心待ちにしている患者や国民の利益に照らして検討される必要があります。充足されていない医療ニーズ(アンメットメディカルニーズ)を見過ごすわけにはいきません。規制のハーモナイゼーションは、医療イノベーションを実現すること、すなわち、医療関連分野を成長産業に育成し、世界最高水準の医療を国民に提供することで、我が国の持続的な経済成長と健康大国の実現を目指す、という目的に照らして検討され、進められるべきです。

1. 世界で進められている医療イノベーション−日本、アメリカ、ヨーロッパの例

イノベーションは、一般的に「技術革新」と訳されますが、医療分野におけるイノベーションの意味は、実は各国で少しずつ異なる様相を呈しています。我が国では、内閣官房医療イノベーション会議のもとで、2012年6月6日に「医療イノベーション5か年戦略」がまとめられました。そこでは、医療関連分野を成長産業に育成し、世界最高水準の医療を国民に提供することで、我が国の持続的な経済成長と健康大国の実現を目指すことになっています。具体的には、超高齢化社会に対応し、国民が安心して利用できる最新の医療環境を整備すること、医療関連産業の活性化による我が国の経済成長を実現すること、そして日本の医療を世界へ発信することの3つが、目標とされました。

医療イノベーションは、我が国だけでなく欧米でも進められています。米国では、2011年10月に医療イノベーションの推進に関するレポートが、食品医薬品局という政府機関から公表されました3。食品医薬品局は、連邦健康保健省の内局として、医療関連製品の規制を主に担当しています。このレポートは、医薬品の特許が切れることでジェネリック薬品が台頭することや、医療機器分野へのベンチャー企業からの投資の衰退を背景にして作成されました4

ⅰ米国における医療イノベーション推進に関するレポートの骨子

このレポートによれば、米国における医療イノベーションの主眼は、医療分野における研究開発のための投資を促し、新しい医療に関係するアイディアをより優れた製品の形にして臨床現場に届けることで、国民の健康を守ることにあります。

ちなみに、このレポートでは薬事規制の中で医療機器規制も改革の対象とされていますが、興味深いことに、列挙されている改革案の多くは、審査の予見可能性、一貫性、透明性を高める方向性など、我が国でも検討が進められているものです5

ⅱ米国の医療イノベーション推進策における医療機器に関する改革案

他方、欧州でも米国のレポートと時を同じくして、医療機器分野におけるイノベーションの推進について方針が示されました6

ⅲ欧州における医療機器分野のイノベーションを推進する方針の骨子

欧州では、高齢化や経済の停滞などを受けて、費用対効果に優れ、人々が健康かつ積極的に、自律した生活を送ることができるように、医療ニーズに着目して医療機器に関するイノベーションを推進すべきとされています。医療分野における研究開発のための投資を促し、新しい医療に関係するアイディアをより優れた製品の形にして臨床現場に届けることを医療イノベーションの主眼とする米国に対して、欧州ではニーズの掘り起こし、費用対効果の優れた医療、そして年老いてもなお健康で元気に暮らせる社会が志向されている点に特徴があります。

欧米と我が国で共通しているのは、人々の健康をより一層向上させるために医療関連製品や医療サーヴィスを創出するという方向性です。最近、内閣官房医療イノベーション推進室長の松本洋一郎東京大学理事・副学長(工学系研究科教授)は、キャリアブレインニュースのインタビュー(2012年5月2日掲載)において、「安全を担保しながら、医師がより使いやすく、患者にとりQOL(クオリティ・オブ・ライフ)7のよいものに変えていけるかという観点」から、医療機器に関する法整備の必要性について言及されています。

患者のQOLを改善するという視点は、我が国の医療イノベーションにとって実は重要な意味があるように思われます。ある製品が安全であるかどうか、医学的な症状の改善に繋がるかどうか、それらが最も大切なことを否定する人はいないと思われますが、もう少し広い意味で、人々の健康に資する製品や医療サーヴィスの創出を目指したいということなのかもしれません。

2. 医療イノベーションのための規制のハーモナイゼーション

規制のハーモナイゼーションは、医療イノベーションにとってあくまで手段です。医療分野における規制のハーモナイゼーションとは、平たく言ってしまえば、繰り返しになりますが、各国で異なる薬事規制などの法的規制に対し、共通の基準と規制手段を設定、認証、そして導入することになります8

より優れた医療関連製品が、共通の基準と規制手段のもとで、より早く、より多くの人々のために臨床現場で適切に使われるようになれば、患者の健康は改善されやすくなるはずです。最も極端な例では、ある医療関連製品Xが、審査を受けた後にA国で販売され、使われるようになったら、B国、C国、D国などの世界各国でも、何らの審査なしにXが販売され、使用できるようになります。Xが、既存の製品よりも安全で有効であることが間違いなく確認され、すべての医療従事者や患者に適切に使われるような理想上の世界では、いままでは治療を受けられなかったより多くの患者が、新製品の恩恵に与ることができるわけです。

しかしながら、言うは易し、行うは難しです。Xがより安全で有効な製品であることを確認することは難しいこともあり、どうしても一定の時間がかかります。そのため、A国、B国、C国、そしてD国は、国民の健康を守るためにそれぞれ独自に薬事規制を設けており、別の国で販売が認められたからといって、自国での販売を自動的に認めないことがほとんどです(欧州のように、共通の規制で医療機器や一部の医薬品の販売を認める例外はあります)。要するに、医療関連製品を自国だけでなく世界で流通させるためには、原則としてそれぞれの国における規制を遵守しなければならないということです。そうすると、各国で別々の薬事規制を大前提にして、A国からB国へ、B国からC国へ、C国からD国へと流通を拡大するためにかかる(それぞれの国の審査等の規制遵守にかかる)費用を小さくしてゆく試みこそ、規制のハーモナイゼーションだということになります。

そして、安全を犠牲にすることなく規制のハーモナイゼーションを進めるためには、各国で審査や市販後調査に使われている情報はもちろん、各国で進められている規制や制度の見直しに関する情報の活用などが欠かせません。

3. 医薬品・医療機器等のイノベーションのために、薬事規制に加えて特許制度と医療保険制度の議論を

我が国を含む世界において、規制のハーモナイゼーションを医療イノベーションに結びつける方策は、医療機器よりも医薬品において先行しています9。医薬品分野では、安全が確保されないままに製品が自国内に流入する事態や、製品が誤って使用される事態を防ぐ一方、より優れた製品の使用を阻害しない試みが重要とされています。今後、医薬品以外の医療機器をはじめとする医療関連製品についても、イノベーションを推進する方向で、規制のハーモナイゼーションに関する研究や議論を行う必要があります。

また、規制のハーモナイゼーションというときには薬事規制のみを想起してしまいますが、医療イノベーションを推進するためには、特許制度や医療保険制度の議論を省略することはできません。医薬品という製品がそうであるように、多くの医療関連製品は、特許制度、薬事制度、そして医療保険制度という3つの制度から支援を受けて、医師をはじめとする医療従事者の手を介して患者に届けられています。今回は薬事規制だけを取り出して規制のハーモナイゼーションを検討しましたが、特許制度や医療保険制度についてもハーモナイゼーションの議論は進みつつあります10。今後、我が国の更なる経済成長のためにも、特許制度、薬事規制、そして医療保険制度をどのように組み合わせて医療イノベーションを実現するかが問われています。

さらに、医薬品関連の規制のハーモナイゼーションでも議論されているように、安全を犠牲にすることが許されないことも重要な点です。先に説明したとおり、ある国で使えるようになった医療関連製品が他国でも即時に使えるようになれば、ただそれでだけで医療イノベーションを実現したことになるかといえば、決してそうではありません。ある製品によって国民の健康が脅かされないように担保する何らかの仕組みは、どうしても必要なのです。

そうすると、問題の核心は、ある仕組みによって医療関連製品の安全を確保するためにどれだけの時間や費用をかけることが、新しい治療を心待ちにしている患者や国民の利益に照らして許容されるのかに帰着します。至極当然ですが、手段としての規制のハーモナイゼーションは、医療イノベーションを実現すること、すなわち、医療関連分野を成長産業に育成し、世界最高水準の医療を国民に提供することで、我が国の持続的な経済成長と健康大国の実現を目指す、という目的に照らして検討され、進められるべきです。

おわりに

医療イノベーションは、多くの人の切なる希望を叶えるために重要です。充足されていない医療ニーズ(アンメットメディカルニーズ)に対応した医療サーヴィスの進化や医療システムの変革は、我が国のみならず世界の人々によっても生きる希望となります。このような医療イノベーションを実現するための手段の1つが、規制のハーモナイゼーションです。規制のハーモナイゼーションの議論をないがしろにすれば、日本の医療関連分野を我が国の成長産業として位置づけ、これを発展させることや、世界最高水準の医療を国民に提供することは難しくなります。

規制のハーモナイゼーションは、医療イノベーションを進める上での手段であり、課題の1つに過ぎませんが、今回の国際ワークショップの議論を皮切りに、東京大学政策ビジョン研究センターでも関連する研究をさらに進めてゆければと考えています。


米国・欧州における医療イノベーション

  1. 米国における医療イノベーション推進に関するレポートの骨子

    • 食品医薬品局は、規制対象品の安全性、有効性、そして安心を確保するための連邦政府機関である。規制対象製品は数多く、額にして、全消費者が1ドルを消費する場合の25セント分にも相当する。
    • 食品医薬品局にとって、公衆衛生の向上に寄与する科学およびイノベーションの推進も、重要な役割である。イノベーションは、単に新しいアイディアというのではなく、新しいアイディアを製品の形にし、必要とする国民が利用できる機会を生み出すことである。
    • アメリカ合衆国は、科学の恩恵によって、より新しく優れた医療関連製品を創出し、国民によりよい医療を提供できるかつてない好機にあるが、他方で経済的に重大な局面に直面している。
    • より安全で有効な治療を米国市民に提供するために、そして、科学イノベーションにおいてグローバルリーダーの地位を堅持するために、今こそ皆で行動し、画期的な科学に対して投資しなければならない。
  2. 欧州における医療機器分野のイノベーションを推進する方針の骨子

    • イノベーションは、患者および医師などのユーザー中心、需要を起点にして、個人の健康と健康の質を向上させるために進められるべきである。
    • イノベーションは、IT分野や新しい部材など、他分野で得られた知識や経験をより一層統合するプロセスとなるべきである。
    • イノベーションは、医療提供体制および患者のニーズに基づいて進められるべきである。
    • イノベーションは、とくに費用対効果の面など、公衆衛生上の優先順位や医療上のニーズに着目すべきである。
    • ニーズを明らかにし、患者の医療上のニーズを定義するための研究を増やす必要がある。
    • 患者安全に加えて、健康かつアクティヴに自立した生活を送るのに寄与するのが、望ましい医療機器に関するイノベーションである。
  3. 米国の医療イノベーション推進策における医療機器に関する改革案

    • 審査の予見可能性、一貫性、透明性を高める方向性(審査期間の短縮と審査手続きの一貫性を確保)
    • 従来の販売承認審査に代わる手続きの構築
    • 審査のより早い段階で審査期間と費用の見通しについて申請者に提示するために、手続きのより早い段階で、科学や規制上の問題点を指摘する。臨床試験プロトコールへの関与を増やしつつ、事後的な変更をより柔軟に認める方向性。
    • 食品医薬品局内での最新技術動向を把握し、業界を含む専門家ネットワークを構築して、技術的な疑義を解消する。
    • 食品医薬品局におけるマネジメントの強化
    • 認定審査官制度および臨床現場等におけるトレーニングプログラムの導入
    • 業界の求めに応える形の新ガイダンスの策定
      • Guidance for Industry and FDA Staff - Factors to Consider When Making Benefit-Risk Determinations in Medical Device Premarket Approval and De Novo Classifications, Mar. 29, 2012
      • Draft Guidance for Industry and Food and Drug Administration Staff - Investigational Device Exemptions (IDE) for Early Feasibility Medical Device Clinical Studies, Including Certain First in Human (FIH) Studies, Nov. 10, 2011
      • Draft Guidance for Industry, Clinical Investigators, Institutional Review Boards, and Food and Drug Administration Staff - FDA Decisions for Investigational Device Exemption (IDE) Clinical Investigations, Nov. 10, 2011
      • Draft Guidance for Industry and Food and Drug Administration Staff - De Novo Classification Process (Evaluation of Automatic Class III Designation), Oct. 3, 2011.

脚注

  1. このコラムは、2012年4月13日に開催した国際ワークショップ「医療イノベーションにおけるハーモナイゼーションの展望」の基調講演資料を参考にしていますが、文責はすべて著者にあります。 See Michael Gropp, International Regulatory Harmonization and Medical Technology Innovation Some personal thoughts, Apr. 13, 2012, available at
    http://pari.u-tokyo.ac.jp/event/smp120413_Gropp_Handout.pdf
  2. See, e.g., Alexandria Sage, Natalie Huet, Chine Labbe and Elena Berton in Paris, Ludwig Burger in Frankfurt, Anna Yukhananov in Washington and Ben Hirschler in London. Editing by Sara Ledwith and Simon Robinson, Insight: In PIP implant scandal, a ragged safety net exposed, Thomson Reuters, Feb. 3, 2012 Alan G. Fraser, et al., Clinical evaluation of cardiovascular devices: principles, problems, and proposals for European regulatory reform. Report of a policy conference of the European Society of Cardiology, Eur Heart J. 2011 Jul;32(13):1673-86.
  3. US FDA, Driving Biomedical Innovation: Initiatives for Improving Products for Patients (Oct. 2011).
  4. Margaret A. Hamburg, M.D., Note, in US FDA, Driving Biomedical Innovation: Initiatives for Improving Products for Patients 2 (Oct. 2011).
  5. 医療イノベーション推進室「医療イノベーション5ヵ年戦略の概要」(2012年6月6日)8頁; 内閣官房医療イノベーション推進室『医療イノベーション5か年戦略(中間報告)(案)』(第2回医療イノベーション会議幹事会)(2012年4月23日).
  6. Council of European Union, Council conclusions on innovation in the medical device sector (2011).
  7. クオリティ・オブ・ライフは、日本では「生活の質」と訳される言葉です。世界保健機関(WHO)によれば、「個人が生活する文化や価値観の中で、目標や期待、あるいは基準や関心に関連した自分自身の人生の状況に関する認識」と定義されています(大久保公裕監修『的確な花粉症の治療のために』(2011年2月1日)3頁参照)。
  8. もちろん、規制のハーモナイゼーションという言葉は、よりマイルドな意味を持つこともあります。 See, e.g., WHO, International Programme on Chemical Safety Harmonization Project (3rd ed., 2010)("aims to harmonize global approaches to risk assessment by: increasing understanding and agreement on basic risk assessment principles developing international guidance documents on specific issues." ).
  9. See, e.g., Kesselheim, Aaron S. & Niteesh K. Choudhry. The International Pharmaceutical Market as a Source of Low-Cost Prescription Drugs for U.S. Patients, Ann Intern Med. 2008;148:614-619.
  10. 特許制度については、たとえば、アジア知財学術会議『日米欧三極知財シンポジウムへのアカデミアからの提言(暫定)』(2009年11月12日)を参照。医療保険制度については、see, e.g., Directive 2011/24/EU of the European Parliament and of the Council of 9 March 2011 on the application of patients.