尖閣問題への向き合い方 — 「安全通航」軸に連携

法学政治学研究科教授
藤原帰一

2012/8/22

尖閣諸島をめぐる日中の緊張が険しい。日本政府による諸島買い上げ提案に中国は反発し、漁業監視船が日本領海に侵入した。日本だけではない。南シナ海では南沙・西沙諸島の領有に関してフィリピン、ベトナム両国と中国との対立が続いている。

このような領土問題の浮上は、どう捉えれば良いのだろう。まず、次の主張について考えていただきたい。

「日本政府はこれまで国際協調を重視し、国益を強く主張してこなかったが、そのために領土と資源を諸外国に奪われた。いまこそ領土の保全と奪われた領土の回復が必要だ」

その通りだと思った読者が多いのではないだろうか。そして尖閣諸島は、世界各国からも日本の領土として認められている。

では、この文章の日本と中国を入れ替えたらどうなるだろう。

「中国政府はこれまで国際協調を重視し、国益を強く主張してこなかったが、そのために領土と資源を諸外国に奪われた。いまこそ領土の保全と奪われた領土の回復が必要だ」

日本ではとても受け入れられない議論だが、中国にはこの主張を当然とする人が多い。かつて陸海で勢力を誇った中国は列強の介入のために領土を奪われた、いまの中国は外国による不法占拠を排除しているだけだと考えられているからだ。周恩来、トウ(トウは登におおざと)小平の時代に領土問題を棚上げしてきた中国が、「領土領海」の保全と回復に向かう背景には、中国の海軍力増強と外洋戦略に加え、それを支持する国民のナショナリズムがある。

今年4月、南シナ海のスカボロー礁でフィリピンのフリゲート艦が中国の監視船とにらみ合い状態に陥り、フィリピンだけでなく中国の世論も激昂(げきこう)した。政府の世論操作だけでこの激昂を説明することはできない。

領土問題を主要な争点とすれば国際関係を不安定にするだけに、問題を棚上げにすることは、一般的には誤った選択ではない。だが、中国側から挑発的な行動が相次いで行われているとき、日本が棚上げと先送りを続けることもできないだろう。とはいえ、これを日中間の領土問題としてだけ捉えることにも賛成できない。問題は中国政府の領土に関する主張だけでなく、武力による威迫が行われている点にあるからだ。すでに西沙・南沙諸島では中国艦船の派遣によってベトナムやフィリピンの領海が事実上中国領とされてしまう懸念が生まれている。

武力で領土を奪おうとする相手を前にすれば武力行使の必要が生まれる。だが互いに譲らなければ、威嚇の応酬が繰り返され、全面戦争に発展する危険もある。領土紛争はナショナリズムの昂揚(こうよう)を招くため、その危険はさらに大きい。

では、どうすべきか。ここで必要なのは、海上の安全通航を妨害する行為を事前に抑制する、多国間の連合をつくることである。

2国間の領土問題だけであれば立場の表明を渋る諸国は多いが、安全通航という原則なら反対する国は少ない。同盟国が乏しいという中国の弱点に注目して、武力行使があったときには複数国が対抗する準備を整えることで、事前に中国政府の行動を抑制するのである。目標は領土問題の解決ではない。武力や威迫を用いた境界線の変更さえ排除できれば十分な成果であると私は考える。

実際、2010年のASEAN(東南アジア諸国連合)地域フォーラムにおいて、核心的利益として領土領海を主張する楊潔チー(ヤン・チエチー、チーは竹かんむりに褫のつくり)中国外相に対してクリントン米国務長官が主張したのが、安全運航の確保であった。中国との紛争を抱えるベトナム、フィリピン、韓国、日本に加え、アメリカやオーストラリアも海上における中国政府の行動に懸念を表明している。

ここで重要なのは、ASEAN諸国との連携だ。ASEANのなかには、フィリピン、ベトナムのように中国との対立を抱える諸国も、カンボジアのように対中関係の安定を優先する政府も含まれている。そのカンボジアが議長を務めた今年の外相会議では共同声明をまとめることができなかった。単独では対中発言力の弱いASEANの立場を強化するために、日米両国を含む各国によるASEAN支援が必要である。

このような体制は、2国間の領土問題ではなく、海上の安全確保という視点に立つことによって初めて成り立つ。尖閣諸島をもっぱら日中関係だけから考えることには賛成できない。求められているのは国際関係の安定であり、ナショナリズムの暴発ではない。国際的な視点から、多国の連合の下に、不要で粗暴な行動を抑制する体制をつくる必要があるだろう。

この記事は朝日新聞夕刊の『時事小言』
2012年7月17日に掲載されたものを元にしています。