与野党党首選 — 溶解する政治映し出す

法学政治学研究科教授
藤原帰一

2013/1/7

Photo by AP/AFLO

民主党と自民党で党首選が開かれた。そこから見えるのは、日本の政党が形もなく溶解した光景である。

まず、民主党。代表選は野田首相に赤松広隆元農水相、原口一博元総務相、鹿野道彦前農水相の3人が挑む構図だ。討論会の報道を見る限り、各候補の政策は大きく異なる。野田首相が昔の自民党のようだとすれば、他の3候補はまるで昔の民主党。多様といえばそれまでだが、内部に自民党と民主党の政策を抱え込んだ政党に投票する意味は、どこにあるのだろう。

そして、現在の不人気が続く限り、次期総選挙の後も民主党政権が続く可能性は乏しい。党代表に選ばれても総理になれないことがわかっているのに出馬する理由は何か。それが不人気の野田政権と一線を画すことで政治生命を保つ算段であるとすれば、いかにも情けない。小沢グループの離反に続き、今度は維新の会へと離党する動きも続いている。現職の総理が支持を結集できない一点を見ても、民主党はもはや政党としての実体を失おうとしている。

では自民党はどうか。総選挙で与党に返り咲く機会なのだから、次期総裁が首相になる公算が高い。だがここでも、政党の衰弱は明らかだ。

石破茂前政調会長、石原伸晃幹事長、町村信孝元官房長官、安倍晋三元首相、林芳正政調会長代理と並ぶ光景のなかで奇怪なのは、同じ派閥に属する町村氏と安倍氏が共に出馬していることだ。かつての自民党は事実上派閥という名の小政党の連合だった。中選挙区制が廃止されてから派閥の流動化が進み、とうとう総裁候補を送り出す機関としての役割も失ってしまった。

さらに奇怪なのは、どうして谷垣禎一総裁が降りたのか、あるいは降ろされたのか、である。公明党とともに民主党と結んだ3党合意に批判があるというのなら分からないわけでもない。私自身は政党政治の下でも党派を超えた討議と合意は欠かせないと考えるが、政党政治を政党間の競合としてだけ捉える人の目から見れば、与党と主要野党の政策合意とは、有権者から政治選択の意味を奪う政党政治の終わりのように映るだろう。

だが、谷垣氏が立候補を断念する契機となった候補は石原幹事長である。同じ執行部の一員だから3党合意に反対するはずもなく、実際石原氏は合意の継受を主張している。若手だからいい、世代交代だといっても、石原氏擁立に動いたのは谷垣氏よりも年長の政治家だ。では、谷垣総裁に候補を一本化しない理由は何だろう。

もちろん理由は、勝てないから、である。選挙によって職を失い「ただの人」になる危険を抱えた政治業界では、選挙で勝たせてくれない指導者ほど困ったものはない。誰が総裁に、そして首相にふさわしいかではなく、選挙に勝てるシンボルがほしい。第3勢力として恐れられる橋下徹大阪市長に対抗できるような党の顔、それも古い中身を変えることなしに、それをくるむ表紙がほしい。自民党総裁選に見えるのは政党としての自民党の力の衰えである。

民主・自民両党の混乱を前に力を伸ばしているのが、結党を控えた日本維新の会である。その中心として活動する大阪市長の橋下氏は、敵と味方を二分して支持を動員するなど政治手法には疑問が残るが、大阪に根付いた既得権にメスを入れ、府と市の競合という政令指定都市の多くが抱える課題に取り組んだことは、自治体再生の試みとして評価すべきだろう。しかし、地方首長としての橋下知事・市長の実績と全国政党としての日本維新の会は違うはずだ。にもかかわらず、まだ生まれてもいない政党が政治業界の台風の目になっている。

わずか1年前までは、政党政治の台風の目はみんなの党だった。その代表を務める渡辺喜美氏が指摘するように、みんなの党と維新の会は政策の重なりが大きい。だが今、みんなの党から維新の会に鞍替えが続いている。

小党に徹すれば政権を狙えないが、大きな政党と組めば党の性格が曖昧になり、主導権を握られる。この小党のジレンマを前にして維新の会が追求するのは、維新八策を旗印とする他党の切り崩しと勢力拡大である。合理的な戦略だが、ではなぜ切り崩しが成功するのか、問題はそこにある。

維新の会に吹く風は、民主党・自民党の空洞化と裏表の関係にある。実体は乏しくても、「既成政党」と違うだけで、政治の行き詰まりと時代閉塞を刷新する期待が国民から集まり、維新の看板を掲げれば選挙に勝てると踏んだ議員が結集するわけだ。政党が溶け去った後の日本政治は、そよ風が吹くだけで雪崩が起きるほど壊れてしまった。維新の会の隆盛は、政党政治の空白を表現している。

このコラムは朝日新聞夕刊の『時事小言』
2012年9月18日に掲載されたものです。