慰安婦問題 — 戦争の何を記憶するのか

東京大学法学政治学研究科教授
藤原 帰一

2013/5/24

AFP=時事

橋下徹大阪市長の記者会見と、ツイッターで市長が発表した文章を巡る一連の報道を見ると、時間が経つと戦争経験は単純化して語られるという印象が深い。慰安婦を集める過程に強制はなかった、世界各国の軍が慰安婦制度を活用したと当たり前のように語られているからだ。

戦争の記憶として一般に語られるのは、その社会の多くの人が受け入れ、時には政府によって国民教育の柱とされる公式の記憶である。その対極には、公式の記憶のように受け入れられることはないが少なからぬ人の語り続ける私的な記憶がある。

日本における公式の戦争の記憶は、軍人ではない日本国民、つまり日本の非戦闘員の経験に集中してきた。戦争が繰り返されてはならないという思いから体験者が語り部となって次の世代にその経験を伝えるとき、語り部の多くは広島長崎の被爆、あるいは沖縄戦や東京・阪神空襲を生き延びた人々だった。

公式の記憶に含まれないのが、日本軍兵士と、日本人ではない戦争犠牲者の経験だった。その多くが自分の意志に反して戦場に送られただけに兵士にも犠牲者という面があるが、戦場の暴力を担うため無垢の犠牲者とはいえない。日本人ではない犠牲者の経験も、海外はともかく日本では表現される機会は少なかった。日本軍兵士と日本人以外の戦争犠牲者の戦争経験は、私的な記憶に留められ、日本国民一般に知られることは少なかった。

軍人ではない日本国民を主体とした戦争の物語は戦争一般を排除する平和主義の基礎となったが、非戦闘員に目を向ける一方、日本政府や軍兵士の役割が論じられることは少なかった。戦争すべてが否定されるとき、その戦争を引き起こした責任は追及されなかったのである。

日本の外では、戦争一般の犠牲ではなく、日本やドイツの侵略が日本とドイツ以外の人々に加えた暴力が戦争の記憶の中核となり、ホロコースト、南京、あるいは慰安婦を中心とする戦争の語りが生まれた。

アメリカであれば、軍国主義とナチズムの暴力を語ることは、それを打ち倒した正義の戦争としての第2次世界大戦という意味づけと裏表の関係にあった。中国では、日本軍の侵略を語ることが抗日救国の主体として共産党を正当化する意味も持っていた。これらの視点から見れば、日本における戦争の記憶が戦争責任の自覚を伴わない限り、戦争の現実から目を背けた健忘症として映ることになる。

それでも、戦争経験者が言論の中心として活動した過去には、公式の記憶と異なる戦争が伝えられることもあった。日本兵を主人公とした五味川純平の長編『人間の条件』や、『総員玉砕せよ!』をはじめとした水木しげるの自伝的戦争マンガ、あるいは中国人を主人公として日中戦争前後の状況を描いた堀田善衛の小説『時間』には、公式の記憶には含まれない経験が語られている。

堀田善衛や五味川純平に見られる微妙なニュアンスを持った私的な記憶は、いまでは吹き飛んでしまったかのようだ。軍による強制を示す資料がないという一点に頼って、河野談話を否定し、慰安婦制度は軍周辺に広く見られる売春と同じものと見なす考え方が日本社会に広がっていった。日本の外では、慰安婦を強いられた人々の語りを中心として慰安婦制度が性奴隷制として語られているだけに、慰安婦と売春を同視すれば国際問題となることは避けられない。だが、元慰安婦の語りが知られていない日本では、海外からの批判が不当な誹りのように映る人もいた。日本への偏見をこめた批判であれば、なおさらだろう。

このように突き放すような分析だけを綴れば、おまえはどう考えるのかという声があるだろう。

長期にわたって広い地域で展開しただけに慰安婦制度について判断を下すことは難しい。だが、数多くの証言をすべて虚偽だとしない限り、慰安婦を集める過程に全く強制がなかったという議論には無理があるだろう。いわゆる河野談話が、根拠なしに韓国の主張を受け入れたものだという指摘にも賛成できない。さらに、慰安婦の経験は戦争にはつきものの性暴力の一つに過ぎないと考えるならば、慰安婦の人々が経験した暴力の実情に目をつぶることになってしまうと私は考える。

無謀な戦争が海外で多くの人命を奪い、兵士を含む日本国民に甚大な犠牲を強いたことは事実である。それを語ることは自虐ではない。既に日本国民は戦争とそれに走る政治体制を過去のものとしたはずだ。過去の正当化によって現在の信用を失ってはならない。

この文章は朝日新聞夕刊の『時事小言』に 2013年5月21日に掲載されたものです。
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