備忘録その2-5
リーマン・ショック前後の為替政策(リーマン・ショック時の出来事)

東京大学政策ビジョン研究センター教授
篠原尚之

2017/9/28

財務官退官後、2010年から2015年2月まで国際通貨基金(IMF)副専務理事を務めていた篠原尚之教授が、在任時を振り返って語る「備忘録」シリーズ。第二回では、2007年から2009年というリーマン・ショックを挟むこの時期を、主に為替政策の観点から振り返ります。

目次 [リーマン・ショック前後の為替政策]

1.はじめに

2.パリバ・ショックとサブプライム問題

3.ベア・スターンズ・ショック

4.リーマン・ショック前夜(GSE問題)

5.リーマン・ショック時の出来事

1.リーマン・ショック
2.緊急経済安定化法(TARP)
3.2008年10月の一連の国際会議

6.リーマン・ショック後の円急騰〔作成中〕

2008年9月15日のリーマン・ブラザーズの破綻は、巨大なFinancial Tsunamiであった。米国だけでなく欧州の金融市場も凍り付いた。巨大な欧米金融機関が追い詰められ、破綻の危機に瀕した。各国中央銀行は金利の引き下げと膨大な流動性の供給を続け、政府は公的資金を使った資本増強を一挙に進めた。ここでは、当時のG7プロセスにおける議論を中心に、リーマン・ショック時の状況、米国TARPプログラムの成立による資本注入、10月上旬のG7会合の様子などを中心に、緊急G20会合やモルガン・スタンレー出資など若干のエピソードを含め、振り返ってみる。

1.リーマン・ショック

篠原尚之教授 経歴

2008年9月15日(月)午前7時半、緊急のG7財務大臣代理テレコンが開かれ、米財務省から足元の状況について説明があった。概ね以下のような簡単な経過説明であった。「リーマン・ブラザーズは、他の金融機関による買収等の目途が立たず、おそらくChapter 11(連邦破産法11条による会社更生手続き)を申請するだろう。アナウンスの具体的タイミング等は未定である。FRBが既存の流動性供給策を拡大するなど、市場の流動性に問題が生じないよう手配する予定である。欧米10民間金融機関がコンソーシアムを組んで資金を拠出し、劣化した資産買い取り等のためのバックアップ基金を創設する(総額700億ドル)動きもある。AIGやメリル・リンチの窮状について、マスコミ等で噂が立っており、引き続き注視していく。」このテレコンには、FRBも参加しており、流動性供給策の強化(Primary Dealer Credit Facility やTerm Securities Lending Facility適格担保の拡大など)を数時間内に発表すると説明していた。

この日の早朝には、米マスコミの一部から、英バークレイズ銀行によるソロモン・ブラザーズ買収交渉が行き詰まったこと、その背景に、ベア・スターンズのJPMorgan買収の際に行われたFRBからの特別融資が受けられる見込みがなかったことといった報道が流れていた。また、NYの金融関係の友人からも、CDSを扱うデスクのディーラーは、14日の日曜日に呼び出され、リーマン関係の取引をネッティングする作業に追われていると言ってきた。また、懸念される取引先リストへのエクスポージャーの額を洗い出しているとの話もあった。

9月15日(月)は、日本は祭日であり、東京市場は閉まっていた。午前11時頃、上記の流動性供給策等が発表され、午後1時半頃にリーマン・ブラザーズのChapter 11申請、バンク・オブ・アメリカによるメリル・リンチ買収が発表された。NY連銀での三日間にわたる交渉の中身については、後になって当事者の回顧録などの形で語られているので、それを読むしかないが、当時は、米国で何が起きているのか理解する努力をするので精一杯であったと記憶している。日本では、この日のうちに、金融庁からリーマン日本法人に対する資産の国内保有命令や業務停止命令が出された。

この日の欧米市場は、金融株中心に株価が4%前後下落。FFレートは一時6%以上をつけたが、FRBの流動性供給により、0.25%まで下落するなど乱暴な動きであった。為替は、円ドルが、108円前後から104.5円前後まで円高に動いたが、ユーロ・ドルはあまり変わらなかった。全体として、株価が下落、債券価格が上昇するという「質への逃避」が進んだ。市場の動きは、一部で予想されたような極端な動きとはならなかった。

リーマン・ショック後の初日となった16日の東京市場はでは、株価が5%程度下落、15日の欧米市場と同じような動きを示した。為替は、105円台半ばで、前日より若干の円安であった。主として米国発の様々な情報によって市場は小刻みに触れている感じであった。

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16日から、日銀は短期金融市場に対する即日資金供給オペレーションを開始するなど、市場の安定確保への方策を進めた。私は、リーマンの日本法人、AIGの日本法人、邦銀などからの状況聴取に努めたが、事態はニューヨークで急速に進展していた。福田総理の下で金融関係閣僚等懇談会も開かれ、事務方として金融庁長官や私が出席した。

この日から二週間ほど、連日G7D間のテレコンが続いた。NY市場の閉まったあと(日本では午前6時頃から)と、NY市場の開く前(午後9時半頃から)ということで、とても私が全部出られるものではない。中尾国際局次長、阪田国際調整室長などに相当応援してもらった。

16日、17日頃のテレコンでは、市場の状況について、金融機関同士がカウンタ―パーティー・リスクを強烈に意識し、マネーマーケットでの資金調達が極めてタイト化していること、特にヨーロッパからのドル需要が強いことが米欧から報告されていた。しかし、主たる関心事は、AIGの株価が暴落しており、システミック・リスクを起こすのではないかとの懸念であった。米国からの情報提供は不十分であった。AIGについては、16日段階では、NY州の保険監督官のリードにより、民間ベースの解決(private sector solution)を目指して様々なオプション(資本増強や流動性供与)を検討しているような言いぶりであった。ゴールドマン・サックスやJPMorganに対して、AIGへのつなぎ資金供与を要請しているという話があった。しかし、17日早朝のテレコンになると、民間ベースの流動性供給策は行き詰まり、NY連銀が資金供給をせざるを得ないが、そこでの政府の役割(政府がbackstopを提供できるか)について議論しているという情報であった。AIGがデフォルトを起こした場合のインパクトについて、各国から強い懸念が示された。

その数時間後、17日午前、FRBはAIGに対する支援策を発表した。財務省の全面的支援の下、NY連銀から最大850億ドルの融資を行うこと、AIG株79.9%を政府が取得することであった。

17日夜のテレコンでは、米財務省は、「なぜリーマンは救済せずにAIGは救済したのか」との点を議会や市場に行うのに際し、リーマンと異なり、AIGの破綻はシステミック・リスクを引き起こす可能性が高かった点を説明したいとしていた。AIGは極めて大規模でリーテールを中心としてサービスを展開しており、その破綻が保険契約者やMMF保有者に与える影響が大きいこと、CDSやCPマーケット等で多くの金融機関がAIGにカウンターパーティー・エクスポージャーを有しており、その破綻が他の金融機関に感染するリスクが高いことなどである。また、AIGの伝統的生損保事業自体は問題なく、Fedの融資にあたってもAIG及びその子会社のあらゆる資産が担保として提供される点を強調していた。

市場は、AIG救済策を肯定的に受け止めたが、用心深い動きを続けた。ゴールドマン・サックス等の市場予想を上回る決算が発表されるなど、金融関連株は上昇の動きもみせたが、ブローカー・ディーラー業務自体への懸念から、それらのCDSのスプレッドは拡大を続けた。MMFの元本割れについての懸念が市場で高まってきていた。ワコビアやワシントン・ミューチュアルなどいくつかの米金融機関への悪い噂も飛び交っていた。ドル円相場は、105円台で膠着していた。

18日には、日米欧英端加の6中央銀行協調でドル流動性強化策を発表。日銀は、FRBとの600億ドルのスワップ取極めを締結し、米ドル資金供給オペを導入していった。この日の為替市場の動きでみると、6中銀協調対応を好感してドルは強くなり、MMFのパトナムがファンドを閉鎖するとの報道を受けてドルは弱くなり、ポールソン長官がRTC型機関設立を議会と協議中との報道を受けてドルが強くなるなど、狭いレンジの中ではあるがあわただしい展開であった。

(注)RTC(Resolution Trust Corporation)とは、1980年代の米国貯蓄貸付組合(S&L)危機に際し、破綻したS&Lの保有していた資産の買取り・処理を行った機関。TARPプログラムは、破綻していない金融機関からMBS等を買い取るもの(従ってpricingなど極めて複雑)であるが、当時一部の報道で混同されていた。

2.緊急経済安定化法(TARP)

9月19日夜、米政府は、金融危機に対する包括的対策(Comprehensive Approach to Market Development)を発表した。ブッシュ大統領は、「米国経済は前例のない困難に直面しており、そのため政府は前例のない行動により対応する」とした。その主な柱は、①流動性対策としてのMMF(マネーマーケットファンド)の元本保証(財務省為替安定基金の活用)、②民間金融機関からの非流動資産(MBS等の住宅ローン関連資産)の買い上げによるバランスシートの改善(数千億ドル規模で、必要な法案を議会と直ちに協議)、③SECによる米金融株799銘柄の空売り規制の強化などであった。

続く20日、米財務省は、金融機関から非流動資産を買い取る権限を求める法案を議会に提出した。これが、10月3日に成立した「緊急経済安定化法」(Emergency Economic Stabilization Act)であり、これにより支出権限を与えられた7000億ドルの資金(国債発行権限)をもとに、「不良資産救済プログラム」(TARP: Troubled Assets Relief Program)を実施していく。リーマン・ショック後の金融危機への対応の柱となったプログラムである。実際には、法律の趣旨として説明された非流動資産の買い入れではなく、まずは10月12日の大手金融機関9行への1250億ドルの公的資本注入、更には年末のビッグ3支援のための融資などに活用されていった。

包括的対策発表の数時間前、我々G7代理に対し米財務省から事前説明があった。法案はすぐに議会に提出され、数日中には承認されようとのことであった。GSE問題の頃から繰り返し内部で練られたものであったことは容易に想像できたが、実に素早い対応であるとの印象を持った。

G7代理間の議論でまず問題となったのは、この不良資産買い取りの対象となる金融機関に、外国金融機関の米国子会社や在米支店が含まれるかという点であったが、この点は対象に含まれる旨米側から説明された。興味深かったのは、米国は、他国にも、米国の採る非流動資産買い上げプログラムと類似のものを実施するよう慫慂する規定が法案にあったことである。これは、外国金融機関の米国子会社等の持つ非流動資産が米国の買い上げプログラムの対象となる場合、その国でも同様な措置を自国の金融機関に関し自らの納税者負担で行ってほしいというものであった。米国議会の中に外国金融機関の子会社や支店を問題資産買い取りプログラムの対象に含めることに反対する声がある中で、各国との協調姿勢を盛り込むことで妥協を引き出すという意味合いがあるとの説明もなされた。9月末の会話では、各国の大臣から「米国道央の問題資産買い取りスキームは必要ない」という発言があるたびにワシントンでの政治折衝は難しいものになるのだという不満も米側から出ていた。なお、日本に対し、米側から特段の要請が本件に関しあったわけではない。

また、G7代理間では、買い取り資産のプライシングについても、疑問が多かった。買い取りに当たっては、リバース・オークションを実施し、提示された価格のうち最低価格で買い取るという仕組みだと説明されたが、対象となる住宅ローン関連証券は、市場で価格が成立しておらず、簿価より低い価格で売却すれば追加損失となり、簿価より高く売れば、政府(納税者)が将来ロスを被る可能性が高まってしまうというジレンマがあった。日本で行われた不良債権処理の場合、横串で資産査定する手法が使われたが、証券化商品は多種多様なローンが複雑に組み合わされ流通する前提となっており、価格決定の困難さは容易に想像できた。

9月22日夜、G7緊急声明を発出する前段階として、G7財務大臣・中銀総裁の電話会談が行われた。ポールソン長官から、非流動資産の買い上げプログラムに関する説明が切々となされたのが記憶にある。直後に公表されたG7『国際金融市場の動揺に関する緊急声明』のポイントは、「米国がとった異例の措置 ―特に、金融機関を不安定にしている流動性のない資産を取り除くプログラムの実施を意図していること― を強く歓迎する」としたほか、「主要中央銀行による流動性逼迫への対処」の重要性や、「いくつかの規制当局による金融関連株の空売りの一時禁止等の断固たる措置」に言及した。また、金融機関の監督や規制の強化、リスク管理慣行の改善などにかかる金融安定化フォーラム(FSF)の今秋の報告を期待するとした。声明の最後に、「我々は、個別にあるいは共同して、国際金融システムの安定性を確保するため必要となりうるあらゆる措置をとる用意がある。」と結んだ。

このG7声明の文言を相談するためのG7代理間の議論においても、資産買い取りプログラムについての米国側の説明は一貫していた。すなわち、「このプログラムは、金融機関が保有するアセットの価格発見を促し、バランスシートを軽くすることを意図しており、その間に資本に毀損が生じることはあろう。その場合には、我々は金融機関が楽に増資をできる術を考えなければならない。資産買い取りにより実質的に債務超過となる金融機関に資本を注入していくモデルはありうるが、現時点でこれを実施する具体的計画はない。あくまでも、金融市場が、将来非流動化資産を再評価するのを助けるためにある。」

 

市場は、19日の米国政府による包括的対策に関する報道が漏れ始めた19日から堅調となり、日経平均は430円の上昇、NYダウも370ドル近く上昇した。為替も、一時円ドルは108円台まで戻し、その後は106円前後で推移していた。

なお、9月22日、FRBは、ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーの銀行持ち株会社への移行を認可した。また、三菱UFJがモルガン・スタンレーへの出資で合意したこと、野村ホールディングズがリーマン・ブラザーズの北米以外の拠点の買収で合意したとの報道が流れていた。

緊急経済安定化法案は、米議会での審議が進み、9月28日には、議会指導部の間で法案について大筋合意したとの報道が流れた。しかし、翌29日(月)になると、同法案は、下院採決において賛成205、反対228で否決されてしまった。選挙を4週間後に控えた議員の多くが、各選挙区における有権者からの反発を意識し、難色を示したのだ。この予想に反した動きに市場は強く反応した。包括的対策発表以降まずまず堅調であったダウ平均は、この日▼777.68ドル下落し、史上最大の下げ幅を記録することとなった。こうした市場の動きに押された上院は、預金保険の限度額引き上げや各種減税策を付け加えた法案を10月1日に可決。下院でも10月3日には可決され、同日、大統領の署名を経て成立に漕ぎつけた。

9月30日のG7代理テレコンでは、米側は以下のように説明していたと記憶している。「議会下院での否決はあらゆる人にとって大きな驚きであった。しかし、これは下院共和党の法案に対する反乱というよりは、共和党幹部の票の読み違えであったと思われる。多くの有権者は、この法案が金融機関に対して7000億ドルもの税金をつぎ込んで救済した挙句、納税者へのリターンは何もないと認識している。また、巨額の報酬を享受してきたウォール・ストリートとメイン・ストリートとの対立の図式も、厳しい世論の背景にある。各議員は、密室の交渉で決められた法案を自分の選挙区で説明し、支持を得ることに苦慮しているのだろう。党幹部には、選挙区の情勢が厳しい議員については反対を許し、そうでない議員には支持の票を入れさせるといった手法がもっとなさせるべきであった。」

この頃には、欧州において金融機関への信用不安の動きが飛び火していた。9月29日には、ベルギー蘭系銀行フォルテスへの公的資本注入や英銀B&B(ブラッドフォード&ビングレー)の国有化、独不動産金融大手ヒポ・リアル・エステートの救済、30日には、ベルギー金融大手デクシアへの公的資本注入、アイスランド政府による国内銀行の預金全額保護など、個別の対応に追われていた。こうした動きは連日のテレコンにより各国間で情報を共有していた。英国のピックフォード次官は、アイスランドの問題はとにかく規模が大きすぎる、アイスランドによる預金全額保護の措置については、対象をアイスランドの銀行に限ったことから、外資系の銀行から大きな預金流出が起き始めているとして、重大な懸念を発していた。EU各国がバラバラに対応していることでよいのかという政治的問題意識が欧州内で出てきているとのことであった。アイスランドには、11月にIMFプログラムが入ることになる。

10月2日には、EU首脳会議で欧州共同基金を作ることを仏が提案したとの報道が流れたが、その日のテレコンでは、仏はこれを否定する一方、EUレベルでどのように共同対応をとるべきか議論が始まっているとしていた。各国が共同歩調をとったのは、G7会合後の10月12日であり、ユーロ圏緊急首脳会合が開かれ、資本注入等を柱とする共同行動計画を採択した。翌月13日には、この行動計画に基づき、英はRBSなど大手3銀行に公的資本注入を発表した。また、英に続き独仏西等の政府も、それぞれ金融機関への公的資本注入や銀行の資金調達(債券や預金)のうち一定の債務に政府債務保証をかぶせる枠組みなどの金融機関救済策を発表していった。

この時期、米FRBは様々な形での流動性強化策を実施、各国中銀とドル通貨スワップ枠を拡大し、各国協調でのドル流動性供給策を強化していった。10月8日には、米欧中銀(FRB、ECB、BOE、スイスSNB、加BOC、スウェーデン中銀)が0.5%の緊急協調利下げを発表した。FRBは既に2007年夏から利下げを進めてきていたが、欧州の中銀は、この協調利下げを機に政策金利の引き下げを進めていく。各国とも、ピーク時4~5%台であった政策金利を、2009年春までにゼロ近傍まで引き下げていった。なお、日銀は10月31日に至り、利下げ(0.5%→0.3%)を発表した。

米国の緊急経済安定化法に話を戻すと、法律成立5日後の10月8日、ポールソン長官は記者会見で、「この法律は、7000億ドルの公的資金を活用し、金融機関に資本注入する権限を財務省に与えた。」と説明し、G7財務相・中銀総裁会合終了後の12日には、米銀大手9行に総額1250億ドルの資本注入を一斉に行う旨公表した。14日には一連の市場安定強化策として、9金融機関への公的資本注入のほか、FRBによるCP購入プログラムの導入や、欧州の債務保証の仕組み追随し、銀行の一定債務について保証する枠組みを発表した。こうした措置については、その都度事前に米側から説明がなされた。9銀行への資本注入は、資本強化の必要度に応じて選んだのではなく、システムにとって重要な機関であるという観点から選ばれたものであるという説明であった。

さて、TARPによる非流動資産の買い上げという話は、法案成立とともに、公的資本注入に説明が変わっていった。実は、10月初めのG7Dテレコンで、米側からは、「法案により、我々にはcase by caseで資本注入を行う法律的権限が付与されている。この点については、議会との関係でまだ対外的に明らかにすることはできないが。」という説明が既になされていた。議会との関係は本当に苦心していたようだ。法案をよく読むと、あらゆる「金融機関」から「問題資産」(troubled assets)を購入する権限を財務長官に与えていたが、「問題資産」の定義には、MBSなどの不動産関連金融商品のほか、「他のあらゆる金融商品」(any other financial instrument)がFRB議長との協議を経て購入できることが含まれており、財務省が金融機関から優先株等を購入(資本注入)する権限が読み取れたのである。

いずれにせよ、大統領選挙や議会選挙を目前に控え、民主党の勝利が優勢となる中で、よくこれだけの法律が短時間で議会を通過した(議会としても早く通して選挙区に帰らないといけないという事情はあったのだが)のには感心する。

(注)なお、後日、TARPは、GM・クライスラーの救済(融資)や、中小企業向けローンを裏付けとした証券化商品の買い支えなどにも使われていくが、「金融機関」の定義も、銀行等には限られないと規定してあった。事業会社救済までこの時点で想定していた様子はないが、緊急時とはいえ、なんとも幅広い授権ではあった。

3.2008年10月の一連の国際会議

10月10日から13日にかけて、G7、IMFC(IMF国際通貨金融委員会)、開発委員会、IMF・世銀総会などの一連の会議がワシントンで開催された。米国の提案により、急遽G20財務大臣・中銀総裁会合も開かれた。就任早々の中川財務大臣が参加した。

まず、当時の為替相場に関する状況を振り返ってみる。米ドルについては、①信用不安の高まりからのドル需要の増加、②リスク回避からの新興国通貨に対するポジション解消などを背景し、相対的に堅調に推移していた。3月のベア・スターンズ・ショックの時に見られたドル急落の危機感は米当局からは後退していた。

一方、ユーロは、7月半ばに史上最高値を更新した後、①商品相場の下落、②欧州経済の減速、③欧州金融機関の健全性に対する市場の厳しい見方、④ECBの利下げ観測の高まり、などを受け、下落を続けていた。

円は、金融機関に関する不安要因もないこともあり、リスク回避の動きから、特にユーロとの間で円高が進んでいた。円は、対ドルで100円近傍、対ユーロで130円台後半であり、徐々に円高が進んでいたが、対ユーロでの円高が大きかった。ドルは、対円では安くなっていたが、対ユーロでは高くなるという状況であった。欧米は、経済ファンダメンタルズ(実効為替レートなどで代表)からみて、依然として円は安いという立場であった。

為替市場参加者の相場変動予想を示す指標(オプション・ボラティリティ)は非常に高い水準にあった。しかし、G7を控え、市場では、根源にある金融問題、そのマクロ経済への影響などへの関心が高く、為替に焦点が当たっているという感じはなかった。

我々代理達は、前日9日にG7声明のドラフティングの作業を行った。それは、これまでと同様、マクロ経済状況への認識、金融市場問題、為替、一次産品価格、IMF改革、途上国問題などをカバーするものであった。ところが、G7大臣会合の場において、ポールソン長官は急遽、現下の金融市場の問題をどう処理するかに焦点を当てた簡潔な行動計画とすることを提案し各大臣は了承した。これを受け、我々代理は、米財務省内のG7会場 (Cash Room) 内で、会議が進行する中、声明の作成作業をほぼ最初からひそひそとやり直すという面倒なこととなった。G7会合に入れるのは、大臣、日銀総裁のほか各国一名の代理のみである。会合での議論は、金融市場の大混乱が経済に破滅的な打撃を与えかねないという強い緊張化のなかで進められていたが、私はこの声明作成作業のおかげで、会合において大臣間で何が話されたのか、落ち着いて聞いている暇はなかった。

『G7財務大臣・中銀総裁の行動計画』(10月10日)の内容は、以下のようなものであった。①システム上の重要性を有する金融機関を支援し、その破綻を避けるため、あらゆる利用可能な手段を活用する、②金融機関が流動性と調達資金に広範なアクセスを有することを確保するため、すべての必要な手段を講じる、③金融仲介機関が、必要に応じ、公的資金・民間資金の双方により資本を増強できるよう確保する、④各国の預金保険・保証プログラムが、頑健であり一貫していることを確保する、⑤証券化商品の流通市場を再開させるため、資産の正確な評価と透明性の高い開示、質の高い会計基準の一貫した実施が必要である。また、今回の混乱により影響を受ける国々を支援する上でIMFが果たす役割を支持するとともに、金融システム改革を進めるため金融安定化フォーラム(FSF)の提言の実施を加速することを付言した。

G7声明がこうした簡潔なものとなったことから、為替について事前に合意していた文言は、声明には入れず、各国のプレス用のガイドラインとして使おうということになった。

「我々は、強固かつ安定した国際金融システムが我々の共通の利益であることを再確認する。為替レートの過度の変動や無秩序な動きは、経済及び金融の安定に対して悪影響を与える。我々は、引き続き為替市場をよく注視し、適切に協力する。」

我々の議論の中で、この文言に至るまでに、二つの論点があった。一つは、今年2月まで使われていて、4月の声明では落とされた「為替レートは経済ファンダメンタルズを反映すべき」との文言を復活すべきという欧州勢の主張であった。4月時点では、ユーロは最高値に向けて未だ上昇中であり、インフレ懸念もある中で、この文言を落とすことには彼らの異存はなかった。しかし、直近ではようやくユーロ安が始まり、欧州金融市場不安が出てくる中で、ファンダメンタルズに言及することは更なるユーロ安を誘導する材料になると判断していたようだ。私としては、日本はファンダメンタルズが欧米より良いとして円が買われるリスクを意識せざると得なかった。

もう一つの論点は、4月の声明で使われた「急激な変動(Sharp Fluctuations)がある」という文章を残すか、2月までの「過度な変動や無秩序な動き」という文言に戻すかであった。欧米は、ドル堅調、ユーロ安という地合い変化の中では、2月までの文言に戻るべきであること、「急激な変動」は介入の可能性を示唆するものであるが、現状では円高是正のために各国が介入することはありえないことから、残すべきでないと主張した。私は、「急激な変動」のリスクはむしろ現実問題として高まっていると主張したが、結局第一の論点との間で、痛み分けとなった。

(注)G7声明は、通常代理間のドラフティングでほぼ固まるため、邦人記者用に事前に事務方が翻訳をして、日本語のバージョンを配る。しかし、今回は、会場内での作業となったため、ほぼ固まった時点で、コピーを会場の外に待機している事務方にコソコソと手渡しして急いで翻訳作業をしてもらった。これに関連して、二点感想があった。

一点目は、他の国では、仏語にしたり伊語にしたりという作業はしていない。なぜ日本だけこうしたサービスが必要なのだろうか。我々の立場からみると、各社にいい加減な翻訳をしてほしくないという事情があるのは事実なのだが。

二点目は、ITの問題である。各国は、当時だとブラックベリーを全員が持っていて、会場内の席からメールで会場外の随員と随時交信していた。日本(少なくとも財務省)は、いわゆる携帯電話しか持たせてもらえず、大変に不利な立場にいた。文句を何回か言ったところ、メール機能付きの奇妙な携帯が調達されたのだが、財務省の分厚いセキュリティーに阻まれたせいか、まるで使い物にならなかった。今でも、欧米との比較では、なかなか使い勝手の悪い(プログラムがかなり制約された)iPhoneを使っているようだ。

G7会合の場では、中川大臣から以下の二点について、いわば「日本の貢献」として話をした。一つは、日本の1990年代の経験によると、預金の全額保護、不良債権の切り離し、銀行の国有化、公的資本注入をセットで行うことで効果があったのであり、この経験を各国といつでも共有したいこと。第二は、金融危機への対処に各国が資金を必要とすることがある場合、アジア危機の場合と異なり、IMFが機動的に行動できるならば、日本としても資本提供の面で協力できる。新興国・中小国に効果的な支援を行うというIMFの役割を期待していること。

どうも私は、「日本の貢献」という言葉は、湾岸戦争の際を思い出して好きでないのだが、国内的には受けが良かったのである。上記の一点目は、2008年に入ってから繰り返し我々から米側に伝えていた日本の経験をまとめたものである。実際には、バブル処理に長い時間を要した日本よりはるかに速いスピードで、処方箋が練り上げられていった。しかし、日本や北欧での過去のバブル崩壊・金融危機対応の経験を、欧米の当局者は勉強しており、それが迅速な対応の一助になったことは間違いない。

第二点目は、IMFの役割を強調するとともに、日本のIMFへの資金提供の意図を示した点である。これは、主要先進国へのIMF支援を想定したものではもちろんなく、アイスランド、ハンガリー、バルト3国等がキナ臭くなっている中で、こうした周辺国へのIMFの迅速な対応を求めたものである。前出のG7行動計画の終わりの方に、この趣旨は盛り込まれている。本件については、別途改めて記載するが、最終的には、2009年2月のローマG7会合の際、中川大臣とストロスカーン専務理事の間で、IMFに対する1000億ドルの融資取極めとして署名されることとなる。

なお、この日のG7ワーキング・ディナーでは、米FDICベア会長から米国のS&L危機の経験が、リクスバンク・イングべス総裁からスウェーデンのバブル崩壊の経験が、中川大臣及び白川総裁から日本のバブル崩壊の経験が説明された。イタリア中銀ドラギ総裁が、過去の金融危機と今回の危機の違いとして、過去はLoanから発生したが、今回はMBSなど証券化商品から発生したこと、今回は金融機関のleverageが非常に大きくなっていたこと、過去は不良資産のprice discoveryが容易であったが、現在はfair value accountingが浸透しており、MBS等の評価が困難であること、などを明快に説明していたのが印象に残っている。

10月11日午後、G20財務大臣・中銀総裁会合が、米国の呼びかけで急遽開催された。午前中に、IMFCがあり、そのままIMF本部内で会合は開かれた。会合の趣旨は、今回の金融市場危機が、世界経済へも影響を及ぼすことから、先進国と新興市場国との間での意見交換を促進するというものであり、共同声明が出された。実際の会合の内容は覚えていないが、議長役を務めたポールソン長官が、実に低姿勢で、米国の住宅バブル崩壊の影響が新興国を含め多方面に及びつつあることを説明し、あまり米国人が使いたがらない「apologize」(謝る)という言葉を何回か使っていたのが強く印象に残っている。

会合が終わりかけたと思ったら、サプライズが待っていた。なんとブッシュ大統領が突然会場に現れ、出席者全員と握手すべく会場を回った。私は、この時と11月のG20首脳会議の際、わずか一か月ほどの間に米国大統領と二回握手をすることとなった。新興国の連中も喜んでいた。少々ミーハーで申し訳ないが、米国側の政治的ジェスチャーとしては良い効果があったと思う。

最後に、三菱UFJのモルガン・スタンレー出資に関して、私の知るエピソードを付け加えておきたい。

10月9日(木)、大臣より一日早くワシントン入りした私は、G7代理によるG7声明案ドラフティング等のための会議などに出席した。そのドラフティング会合が終わった時であったろうか、米財務省マコーミック次官が私に寄ってきて、モルガン・スタンレーの件をよろしくお願いする旨を言ってきた。ディールを早急に完結する必要があるとの趣旨であった。私は、9月22日に三菱UFJのモルガン・スタンレーへの出資で合意(その後29日には90億ドルで21%出資)したとの動きは知っていたが、その後の展開は掌握していなかったため、少々驚いた。そこで、金融庁からG7会合(中川財務大臣は金融担当も兼務)のために同行してきていた幹部に本件を尋ねたところ、これは民間金融機関同士の交渉事であり、政府としては関与すべき性格のものでないので、そう理解しておいてほしいとの話であった。翌10日昼、中川大臣とポールソン長官とのバイの面会があり、ほとんどの時間は現下の金融危機の話であったが、長官からもモルガン・スタンレーの件について一言言及があった。大臣は、特段の返答をしなかったと記憶している。

11日(土)夕刻だろうか、IMFCやG20の一連の会議が終わった頃、三菱UFJから私に急に連絡があり、相談があるので訪問したいとのことであった。会議室兼作業室として確保してあったウィラード・ホテルの一室で面会した。三菱UFJの担当役員は、これまでのモルガン・スタンレーとの交渉経緯について簡単に説明を行うとともに、10月に入ってからの株価の下落の中で、8日には米財務省がTARPに基づく主要金融機関への資本注入を決定したことから、それによりモルガン・スタンレーへの三菱UFJからの出資が直ちに希薄化してしまうのではないかとの懸念があるとした。モルガン・スタンレーへの出資を決定する臨時取締役会で十分に説明できるかどうか(事後に株主から訴えられるのではないか)心配しているとの話もあった。13日には出資手続きを完了する必要があるとのことであった。三菱UFJは、本件はモルガン・スタンレーとの交渉だけで済む話ではなく、公的資本注入が三菱UFJからの出資の希薄化につながらないことについて、米財務省から何らかの方針説明がもらえないか模索したいとし、日米財務省間のパイプで探ってもらえないかという趣旨であった。私からは、相手も相当困っているはずであり、優先株の取得ではなく、議決権をとって支配下におくような発想はないのか聞いたところ、それはないとのことであった。私は、金融庁から言われていることもあり、米財務省と交渉するつもりはないが、米財務省に様子を聞いてみることは可能だと答えたように覚えている。

マコーミック次官は、私からの電話を待っていた様子だった。彼とは、IMF内の米国理事室で会った。金融庁の森田証券課長に同席してもらった。マコーミックからは、相当の緊張感が伝わってきた。三菱UFJにとって、今になって本件から手を引くのは米国当局を敵に回し、今後の海外業務展開をも困難にするのは目に見えていた。一方、米財務省にとっても、TARPによる公的資本注入を発表した途端にモルガン・スタンレー出資が潰れることは、再び市場の大混乱を招く恐れがあり、是非とも避ける必要があった。これはチキン・レースだなというのが、私の受けた第一印象であった。三菱UFJ銀行は大銀行ではあるが、米国で大きなオペレーションを持ち、米当局の監督の下にもある民間銀行である。米国財務省とイコール・フッティングで交渉できる立場にはない。同時に、このディールの崩壊が金融市場の危機のトリガーとなるのはまずい。米財務省との間に私が入ることは、当然のことのように思えた。

私は、マコーミック次官に、公的資本注入により三菱UFJのモルガン・スタンレー出資が直ちに希薄化するようなことがないようなアシュアランスがどこまで出来るかを聞いた。三菱UFJから出されていたいくつかのポイントを議論のベースにした。彼は、個々のポイントに答えつつ、政府の立場で個別の金融機関に個別問題でアシュアランスを出すのは容易ではないとしつつ、直ちに何ができるか財務省内で作業させると言った。私から彼には、三菱UFJとも直接議論をした方がいいのではないかと言った。その後、マコーミックと三菱UFJ頭取の間で、話し合いが持たれたと聞いた。

なお、IMF内の米国理事室では、おそらく何かの会議を待っていたのであろう、ポールソン財務長官がウロウロとしていた。議論が終わり部屋と出ようとしたところ、長官が寄ってきて、「上手く行っているか」といったようなことを言ってきた。私は何と答えたか、よく覚えていない。周りにいた人からみると、私が羽交い絞めにあっているように見えたようで、心配してくれた。長官は大柄の元アメフット選手であり、少し身をかがめて私に話しかけていたので、そう見えたのだろう。

12日(日)朝だったと思うが、米財務省の「アシュアランス」が当方に送られてきた。詳細を述べるのは遠慮するが、緊急経済安定化法の下での公的資本注入の主たる目的は、米国や外国の投資家による米国金融機関への民間投融資を逍遥するためのものであること、政府が大きな株式シェアを獲得した最近の他の介入例とは異なるものであることなどが、公的資本注入による永久優先株取得の形態やワラント取得の趣旨(普通株のmodestな部分を取得するのみ)とともに示されていた。「アシュアランス」の内容や性格を含め、彼と若干の議論を交わした。ポールソン長官が署名するレターにする必要はあるかと聞かれたので、そこまでの必要はなかろうと答えた。また、内容的に抽象的な言い振りがあったので、もっと突っ込むかどうか、三菱UFJ側に反応を聞いたところ、これで結構であろうということであった。中川大臣には経過を報告しておきたかったのだが、時間がとれなかった。   この日12日は、午前中から世銀・IMF合同開発委員会(DC)があり、大臣等が既に帰国の途にある中、私が代理で出席していた。会議では、隣に米財務省のラウリー次官補が座っていた。会議の途中、彼はブラックベリーに届いたメッセージを見ながら、マコーミック次官に電話してほしいと言う。会議を中座して電話すると、三菱UFJから返事が来ていないという。そこで三菱UFJに電話をして様子を聞き、またマコーミック次官と話をするために中座するという伝書鳩のような、あまり愉快でない状況が2~3回続いたように思う。日本の財務省のIT環境の悪さを再度しみじみと感じた。開発委員会でちょうどテーブルの反対側に座っていたゼーリック世銀総裁から、じろじろと睨まれたのを記憶している。三菱UFJ側でこの時間帯何を行っていたのか私には分からなかったが、出資形態等について最終的な確認をしていたのであろうか。或いは東京との連絡に時間がかかったのだろうか。金融庁の幹部も大臣とともに既に帰国していた。金融庁の居残り組には、事後ではあるが顛末を報告しておいた。

私は帰国を一日遅らせ、13日(月)午前の便でワシントンを発った。この日、三菱UFJの臨時取締役会は無事終了し、出資の払い込みも完了、モルガン・スタンレーの株価は急騰したとのことであった。

蛇足であるが、毎日新聞は2009年元旦トップ記事で、『三菱UFJのモルガン出資決断』『米政府 異例の謝意』『試される日米同盟』などの見出しのついた大きなストーリーを載せた。記事は、広い角度から三菱UFJのモルガン出資に係る顛末についてまとめたもので、私の知らないことも多い面白い記事であった。私の関わった部分については、ぼやけた記述になっており、コメントは避ける。

(注)図表については、IMFアジア太平洋事務所エコノミスト見明奈央子さんに作成して頂いた。

(了)