北東アジアにおける新たな安全保障協力に向けて

本政策提言は、マッカーサー財団「新たなアジア安全保障イニシアティブ」の支援の下、カリフォルニア大学(IGCC:世界紛争協力研究所)、延世大学、東京大学が行った共同研究に基づくものである。

1.プロジェクトについて

2.北東アジアにおける安全保障アーキテクチャー

3.経済と安全保障の連関

4.結論

1.プロジェクトについて

マッカーサー財団「新たなアジア安全保障イニシアティブ」は、北東アジアの多国間安全保障協力の性質、ダイナミクス、長期的な展望に関する共同研究を行うために設立された。マッカーサー財団の支援を受けた20余りのプロジェクトの総合的な目的は、北東アジアの多国間安全保障協力への展望を確かなものとすることにある。

我々は具体的には主に2つの研究プロジェクトを推進してきた。

1)多国間安全保障協力を強化するための安全保障アーキテクチャーとその形態
2) 経済発展と相互交流及びそれらが安全保障関係にもたらす影響

1)のプロジェクトについてはIGCC及び延世大学が、2)のプロジェクトについてはIGCC及び東京大学が共同で主宰する形で進められている。

2.北東アジアにおける安全保障アーキテクチャー

北東アジアにおいては、長きにわたり、安全保障アーキテクチャーとして機能しうるものとして存在していたのは専ら米国により支配された二国間同盟やASEAN地域フォーラム(ARF)のような弱い制度構造のみ、といった実質性の乏しい状況であった。これは、米国を含む同地域の各国には、欧州安全保障協力機構(OSCE)から北大西洋条約機構(NATO)の軍事同盟構造にわたる、強固な様々な多国間制度を構築したヨーロッパの軌跡を踏襲することへの願望が明確に存在しなかった事実を反映している。各国との二国間安全保障協定に対する米国の根強い選好や、アジア近隣諸国間で依然としてくすぶる不信感と未解決の領土・歴史問題を始めとして、このような北東アジアの安全保障多国間主義に対する曖昧な姿勢の理由は数多く挙げられる。

しかしながら、1990年代後半以降、既存のメカニズムの再活性化に加えて、多国間制度の形成に向けた関心と動機付けが高まっている。六者協議を始めとして、直近の例としてはシャングリラ対話、東アジアサミットや日中韓首脳会談などが挙げられる。また、中央アジアに地政学的な焦点を置きつつも中国とロシアを含めた上海協力機構にも注目する必要がある。

以上のような急激に高まりつつある地域安全保障多国間主義への関心は定着しつつあり、北東アジアの新たな地域安全保障アーキテクチャーの基盤の構築を次の10年間で可能にするための絶好のチャンスが訪れている。

主な結論として、下記の内容が挙げられる。

制度による協力関係の醸成

本プロジェクトの根底にある考え方は、各国間で制度による接点を多くすることで、以前は見過ごされていた共通利益(common interests)の認識や、それぞれのアクターの社会化(socialization)が、より共通の枠組への発展につながるというものである。

ヨーロッパの多国間協力に向けた長期にわたる取組

ヨーロッパの安全保障アーキテクチャーは、その地域多国間主義の初期において非常に細々と発展した経緯がある。北東アジアは、信頼醸成措置やその他の方策に関するヨーロッパの初期の経験に注目することで、協力のためのアーキテクチャーをどのように強化するかを学べる可能性がある。

冷戦時代から依然として継続する安全保障協力

現在の安全保障アーキテクチャーは、例えば、米国の日本、オーストラリア、韓国との二国間同盟の継続・構築にみられるように、冷戦時代の古い同盟構造との強い継続性を維持している。中国とロシアは北朝鮮との緊密な同盟関係(擬似的同盟関係)を維持し、両国間においても同盟関係を強化している。本プロジェクトの主な関心は、このような長期間にわたる既存の安全保障アーキテクチャーが、アセアン地域フォーラム、ASEAN+3首脳会議(APT)、日中韓首脳会談、東アジアサミット等のより新しい枠組との間で、どのようにバランスを取っているのかという点にある。

多国間制度と国益との両立

日本、中国、韓国の三カ国は多国間主義を様々な形で受け入れている。しかしながら、三カ国はそれぞれに理想的な地域多国間主義の形について大きく異なる見方を有していることが多く、また、地域多国間主義を協力のためのメカニズムというよりも、専ら国益を追求するためのフォーラムとして捉える場合が多い。

北東アジアにおける重要な布石としての日中韓三カ国関係

日中韓三カ国関係は大きな前進を見せてきたが、昨近の日中間の尖閣諸島をめぐる紛争によって三カ国関係が脅かされた。しかしながら韓国は、両国が首脳レベルでの会談に復帰するように仲介している。

主要国間調整メカニズムとしての六者協議の潜在的可能性

中国、日本、韓国、米国、ロシア各国は朝鮮半島の非核化の地域安全保障の重要性につき合意しており、六者協議は2008年秋までは大きな成果を上げていた。北東アジア地域の新たな安全保障情勢の下で、六者協議が協力を達成するための安全保障上の追求可能な手段であるかという点について、もはや明らかとは言えない。その一方で、他の枠組や交渉メカニズムが効果的に代替しうるとも言い切れない状況である。六者協議は、北東アジアにおける安全保障協力に向けて、依然として最も期待できる枠組であると言えよう。

トラックIIの重要性

北東アジア協力対話(NEACD)などのトラックIIの手段は、協力への可能性を提示するとともに、その非公式な性質は、紛争解決のための新たなアイディアの追求に資する場合が多い。しかしながらトラックIIは、各国が合意した行動指針に対して各国をコミットさせるような公式な政府間合意を形成するには、依然として程遠い枠組である。

米国のアジアの多国間制度参加への期待

アジア通貨危機以降、アジアの地域多国間主義はアジア諸国間(例としてASEAN+3、東アジアサミット)の協力に重点が置かれていた。しかしながら、ブッシュ政権の単独主義を受けて、オバマ政権は東アジアサミットへの参加に強い関心を示している。この状況は北東アジアの安全保障アーキテクチャーの中でどのように米国が関与し得るか、またすべきかという問題を提起し、現加盟国間で大きな議論を引き起こした。更には、南及び中央アジアにおける長期にわたる大きな犠牲を伴う2つの戦争の後、米国は継続的な国際的関与政策に対する国内政治上の支持を失っており、また、米国政府は国内経済・社会基盤上の問題への対処を求める大きな国内圧力に直面している。

3.経済と安全保障の連関

この2つの要素の連関は、IGCCと東京大学の共同研究が取り組んでいる核心的な問題である。一方の分野における協力に向けた、もしくは協力から遠ざかる動きが、もう一方の分野において、並行した動きをどの程度引き起こすのか。経済関係は安全保障関係にどの程度付随するのか、また経済関係の発展は専ら友好国の間で生じるのか、それとも経済連繋の増大がポジティブな方向に働き、安全保障関係の改善につながるのか。これらはアジア太平洋地域における政策決定者に限らず安全保障研究の中でも中心的な議論である。

国境を越えた経済交流の平和醸成能力(Peace-inducing power)を強調する人々は、各国の経済的相互依存が高まることで、また、とりわけその相互依存関係を具現化する制度を創設することで、軍事紛争に関与する動機付けが減少すると主張している。経済的相互依存は、軍事紛争を極度に犠牲の大きいものとするばかりでなく、従来は不信感に満ち溢れていた隣国との信頼関係を強化することにも資する。

しかしながら、本プロジェクトの結論は、平和も戦争も経済交流の直接的な結果として現れたものではないというものである。つまり、貿易の伸長は、高まる地政学的な緊張関係と並行して起こり得るのである。その一方で、経済的相互依存の深化は国家間紛争を伴うとは限らない。何故なら、市場の強さを潜在的な敵対国への政治的影響力へと単純に置き換えられないからである。東アジアの経験は、経済−安全保障間の連関が、従来考えられていたよりも限定的である可能性を示唆している。しかしながら、この知見は2つの領域がそれぞれ独立しているということを意味しない。我々に必要なのは、経済交流の増大によって蓄積された政治的資源を最大限に生かす政策イニシアティブであり、これを地政学上の緊張を減少させる上で、ポジティブな形で機能させることである。

以上を踏まえ、主に下記のような結論に至った。

アジアの主要な目標としての経済成長

中国やベトナム等のかつての国家主導型経済国は、国内市場においてより市場主義的な方向に移行しており、国家指導者は、対立的なイデオロギーや大規模な軍備拡張よりも大きな正統性の源泉として国内経済開発を取り組んできた。

北東アジア経済における急速な相互依存の進展

これは海外直接投資、貿易、多国間生産ネットワークの発達にも当てはまる。東アジアにおいて二国間FTAやEPAの増加が見られるが、これらは安全保障上のパートナーとの協定であることが多く、経済的な動機付けと同様に安全保障上の動機付けによって促されたものである。

経済的相互依存による負の側面

1997−98年と2008−09年の深刻な金融危機において、経済的相互依存はアジア地域に大混乱をもたらした。更には、直近の金融危機により、米国の経済力資源(Economic Power Resources)は大きく減少した一方で、とりわけ中国と日本の経済力資源を高める結果をもたらした。経済力の強い国は、より大きな安全保障上のバーゲニング・パワーを生み出すべく、新たに得た経済的資源を利用しようとする。したがって、このような経済のリレバレッジが、より大きな安全保障上の緊張を含むインプリケーションを持つことを示していると言えよう。このリレバレッジは、直近のG20首脳会合において統一的なアジェンダを設定する難しさにみられた。

安全保障関係との分離が急速に進む経済関係

日本と韓国は、中国との関係に比して、米国市場との経済的関係が弱まっているにもかかわらず、米国との安全保障関係を維持している。しかしながら、(海外直接投資、貿易、多国間生産ネットワークの発展といった)3つの相互依存における全体的な増大が見られているにもかかわらず、日本も韓国も中国との安全保障問題と緊張関係に直面してきた。安全保障と経済は別々のトラックを動いているといえるのかもしれない。科学技術国家主義は、北東アジア諸国全てにおいて依然として国家経済アジェンダの大きな推進力である。

市場経済化の中での北朝鮮の例外的位置付け

北朝鮮は経済的相互依存の方向に向かうような政策をほとんど行っていない。中国や韓国による、経済的手段を用いて北朝鮮の安全保障政策を転換させる取り組みはほぼ失敗しており、北朝鮮の市場経済化は中国による重要な社会基盤事業への投資を意味してきた。長期にわたる韓国の経済協力は、北朝鮮指導者の私財となっただけであり、中国やベトナムのように、北朝鮮を市場経済化戦略へとシフトさせる働きをほとんど果たしてはいない。

経済案件の中でもエネルギー問題が安全保障関係にもたらす複雑性

様々な商品やサービスに関する経済的相互依存を以てしても、北東アジア地域各国の成長を促進しうるエネルギー資源を求めた、国家主導のエネルギー開発活動を鎮静化させるには至っていない。資源の確保のための取組みは東シナ海や南シナ海における領土問題を先鋭化させている。

台中関係が示す経済−安全保障間関係の複雑性

台中関係において、相互依存の増大の一方で、台湾の国内政治と政府与党の政策プライオリティーの違いによって、安全保障上の緊張・協力関係が大きく左右される状況がみられる。更には、単一政治体制としての2つの経済の統合に向けた、経済的相互依存の長期的なインプリケーションは非常に不透明である。

経済的関係よりも依然として政治的関係を左右する歴史問題

経済的相互依存によって歴史の記憶の禍根を取り除くことは出来ず、靖国参拝問題のような案件が依然として国家間の緊張関係、会談の中止や経済的報復をも引き起こしている。しかしながら、小泉政権下で政治的関係が最悪の状況においても、日中、日韓間での貿易や直接投資は伸び続けた。

4.結論

我々研究者の多くは、(以下の条件が整うことで、北東アジア地域の)安全保障上の緊張関係に対して力強くポジティブな影響を与えることができると信じている。

1)北東アジア地域の各国の経済的相互依存が一層深まり、

2)複数の地域安全保障制度の共通のメンバーが、市場(即ち経済的側面)にのみ協力関係を委ねる姿勢を改め、政治指導者間の協力とともに相互依存を強化していくことを通して、各国が相互依存を制度化する。